雨に似ている
ヴァイオリンが詩月に乗り移り、曲を弾かせていると疑うほどだ。

「愛している」という思いが、哀しいほど切なく胸に迫ってくる。

これほどハイテンションで曲を奏でているのに、演奏が乱れない。


貢は「体ごと曲に入りこんで弾く」というのは、こんな演奏を言うのだろうと思う。


――感受性が半端ない


優しく美しい調べに貢の胸が高鳴る。


「誰?」

ヴァイオリンの音が、不意に止まり、詩月が振り向く。


「安坂さん……」

詩月は、驚きと共に戸惑ったような表情を浮かべて、貢を見つめる。


――目が赤い

貢は詩月の顔を覗きこむ。


「驚いた。ヴァイオリニスト志望でないのが実に惜しい。今日の演奏は、普段と全く違っていた」


「……編入試験の実技に弾いた曲です」

詩月は冷ややかな声、冷めた瞳でこたえる。

< 71 / 143 >

この作品をシェア

pagetop