雨に似ている
郁子は漠然と思う。

繊細で計算され尽くした確かな音。

――この演奏は周桜くんに違いない

郁子は確信しながら、ピアノの音のする部屋を確かめる。

練習棟の2階。
1番奥の部屋の扉が微かに開いている。

そこから聴こえてくるピアノの音。


郁子は扉の隙間から詩月の姿を確認し「やっぱり」納得したように呟いた。


郁子が、扉をノックするのを躊躇い、扉越しの演奏が終わるのを待っていようと思った矢先。

不協和音が鳴り響いた。


――えっ?

凄まじい音に、耳を塞ぐより先に微かな声が漏れた。


――また、不協和音!?

郁子は、詩月がカフェ·モルダウで不協和音を鳴らし、演奏を放棄したのを思い出した。

練習室の中にいる詩月の様子を確かめる。

震える肩、指先、苦しげに息をつき、楽譜を破っている詩月の顔が見える。

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