幸せそうな顔をみせて【完】
 でも、そんな自然消滅した恋がこんな形で目の前に現れるとは。嫌いではもちろんない。でも、好きかと聞かれるとそれも違う。でも、戸惑いはある。こういう時は昔の友達のように振る舞えばいいのだろうか?


「ありがと」


 それだけをいうと私は視線を外し、下を見る。満員電車の中、私と尚之との間には少しの隙間があって、その隙間が私の身体を楽にしてくれていた。優しいのも気が利くのも変わってない。


「元気にしていたか?」


「ん」


「仕事頑張れよ」


「ん」


 私が降りる駅が分かっているかのように二つ目の駅に着くと尚之は私が降りやすいように少し身体を動かしてくれて私は目の前に降りれる空間が広がっていた。ホッとした。


『会えてよかった』


 吃驚して見上げるとそこには昔の私がとても好きだった顔があった。時間は確実に経っているそれでも、尚之の優しさは変わらない。嫌いで別れたわけではなかったから、胸の奥が疼く。ずっと好きだった。会えない時間も好きだった。


 でも、今は…もっと好きな人がいる。


 裏切ったわけでもないのに副島新を裏切ったような気がしてしまう。


 人波に流され、私は振り返ることなく尚之の言葉に何も応えずに電車から降りた。ドアが閉まるのを背中で感じ、振り向くとドアのガラス窓から尚之の姿が見え、尚之は私を見つめ口角を上げる。そして、その顔はすぐに見えなくなった。
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