幸せそうな顔をみせて【完】
 並んで一緒に乗り込んだ電車は思ったよりも空いていて、私は座ることは出来ないにしても身体が人の波に流されることもなく、手すりを掴むことが出来た。つり革でなく手すりを持つことが出来ると、一層の安定性が上がり、楽になる。そして副島新も私の横に立っていた。


 副島新は立っているだけでなく、私が転んだり躓いたりしないようにそっと庇ってくれている。さりげない優しさが胸を一層苦しくさせた。大事にされていると感じる気持ちが苦しい。期待してしまう気持ちを押し付けるのに必死だった。


 でも、一つ目の駅で学生の軍団が乗ってきて、私の身体はグッと押されてしまい、副島新との距離を縮めてしまった。ついでに足まで踏んでしまって、すぐに後ろに足を引いたけど、それでも思いっきり踏んでしまった。


「ごめん」


「それはいいけど、もっと、こっちに来いよ。葵が潰される」


 学生に集団は何かイベントでもあるのかと思うくらいにたくさんいる。こんな朝早くの通勤時間を狙って乗ってくる必要はないように思えたけど、そんな思いを抱くのは私の勝手すぎる気持ち。ザワザワと煩い車内で私は副島新に庇われるように場所を移動する。さっきよりも副島新にかなり近いので、ドキドキも急に増してくる。


「人が多いね」


「ああ。何かイベントかな?学生っぽいから検定とか?」


「そうかもね」


「なあ、葵」


「ん?」


「お前さ、何か隠してない?」
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