幸せそうな顔をみせて【完】
「そっか」


 訝しげな表情を浮かべ、副島新は私の方を見つめている。でも、それ以上は何も言わなかった。私はというと、こんな気持ちの揺れている状態にも拘わらず、朝から副島新に会えたことを嬉しく思っていた。声を聞きながら苦しくて仕方ないのに嬉しいという自分でも形容しがたい思いに囚われていく。私の中の恋はしっかりと根付いていてしっかりと花を咲かせていた。


 苦しくても綺麗な花だと私は思う。


「あのさ、今日の仕事が終わった後、食事に行かないか?」


 極々普通のお誘い。こんなのはいくらでもあって、時間が許す限り一緒に楽しんだことも多々ある。それなのに今日は一緒に行こうと気持ちにすらならない。もう傷つきたくないというのが正直なところだった。聞いたらあの人のことを教えてくれるのだろうか?


 聞いたらその時にこの恋は終わるのだろうか?失うことの怖さと知りたいと思う気持ちでユラユラと揺れる。そして、失うことの怖さという方に天秤は揺れる。今の私は副島新なしで生きていくというのは難しい。席が隣のこの状態は別離の後では厳しすぎる。


「今日はやめておく。もしかしたら、今日の取引先での話によっては残業しないといけないと思うから」



 仕事がどうなるかなんて、夕方にならないと分からない。でも、この時点であるかないかの残業で誘いを断る理由がわかったのか。副島新は何も言わずに、ただ頷いた。

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