幸せそうな顔をみせて【完】
 そう言った私の方に副島新はゆっくりと近づいてくる。その鋭い視線は獲物を見つけた猛獣のように私の一挙一動を見つめている。


 逃げ道を断たれた私は後ろに下がるしかなくて、そして。背中に資料室の冷たい壁を感じ、後ろにさえ下がることさえも断たれた。見上げるとさっきよりももっと怒っている副島新の瞳があって、逸らしてしまった。


 副島新の腕が振り上げられ、私は殴られると思ってキュッと目を閉じた。そしてすかさずドンっと壁を殴る音が聞こえた。握られていると思っていた拳は壁に突かれ、距離を縮めた副島新の胸が目の前にあった。

 
 壁に突かれた手とは反対の副島新の手は私の腰を掴むとギュッと自分の方に引き寄せた。いきなり引き寄せられる身体に驚き、上を見ると一瞬の影が掛かった後に唇に副島新の形のいい唇が重なっていた。


 優しいキスなんかじゃなく、全てを奪い去るほどの激しいキスに私は思考を奪われてしまった。頭の中は副島新で埋められてしまう。


 長いキスだったと思う。副島新が唇を離したかと思うとまた重ねられ、抵抗も出来ずにその甘く激しいキスに身を委ねる。


「葵は俺のモノだから。誰にも渡さない」


 そう。私の心も身体も。
 全部、副島新のもの。

 
 副島新は私だけのモノじゃない。それが苦しい。我慢しようと思った。飲み込むつもりだった。でも、出来なかった。


「自分勝手過ぎる。私だけじゃないのに、私を縛らないで」


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