幸せそうな顔をみせて【完】
 副島新の飾らない言葉にドキドキが止まらなくなる。さすがにタクシーの中で手を出されるのは困るけど、それでも、私のことを放したくないという気持ちは嬉しい。バサッと紙袋が床に落ちた音がした。


 気付くと私の身体は自然に吸い寄せられるように副島新の首に自分の腕を絡め抱きついてしまっていた。一瞬、副島新の身体は硬直したけど、それもほんの一瞬で副島新の逞しい身体が私の身体をキュッと包んでいた。こんな風に強く抱き寄せられていると心の奥底の塊がスルリと溶けていく。


 自然と唇が重なり…一ミリの隙間も無くなった。少しの唇の隙間から副島新の舌が滑り込んできて、私の舌を絡め取る。甘く優しい口づけは次第に激しくなってきて、身体が震えた。そんな私の身体を副島新は抱きしめたまま放すことはなかった。


 どのくらい時間が経ったのだろう。


 緩められた手は私の背中を優しく撫でてくれる。そして、甘く掠れた声が私の耳元で囁く。


「このままベッドに行く?」


 見上げると少し意地悪な顔をした副島新の瞳がそこにはあって、キラキラと光っている。揺れる瞳の優しさに胸の奥がトクンと音を立てたけど、私はそれを精一杯の強がりで抑え込んだ。自分の中の欲望を強靭な理性が押しとどめた結果だった。


「シャワー浴びて着替えてくる」


「了解。じゃ、俺はその間に葵が食べれそうなものを作っておく」


 そういうと、副島新は私の額に形のいい薄い唇を触れさせたのだった。
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