幸せそうな顔をみせて【完】
 貴金属店を出てからも買い物は終わらなかった。


 土曜日の昼を過ぎたファッションビルは店を出たくらいからたくさんの人で溢れてきた。人波に飲まれそうになるのをその都度、副島新に引き寄せられる。肩がコツンと触れ、その度にドキッとする。そんなことは会社で仕事をしている時にでもよくあることなのに、手を握られているのと、不意に触れた肩を意識してしまう。


「あ、ごめん」


「大丈夫」


 触れた肩から熱を発している。サーモグラフィでみたら、絶対に真っ赤になっているはず。


「これからどうするの?」


 平静を装いながらいうと副島新は全く平静そのもので、驚くようなことを口にした。


「もう少し、葵と歩きたい」


 どこまで私をドキドキさせるつもりなのだろう。今日の副島新は甘すぎる。言葉にメープルシロップが掛かっているかのように普通の言葉なのに、異様にドキドキする。会社でこんなに甘い声も言葉も聞いたことはない。


「うん」



 それだけしか言えなかった。



 別にどこという目的があるわけではないけど、ゆっくりと買い物を楽しみながら、幾つかの紙袋を増やしていく。買ったものはそんなに高価なものではないけど、その中には副島新の買い物もあって…。ちょっとだけホッとする。一緒に過ごしている時間だから、副島新にも楽しんで欲しい。


 一緒に過ごしている時間を大事にしたいと思った。

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