黄昏と嘘

「報告・・・?」

「ええ・・・、再婚することにしたの。
今度の人は・・・とてもやさしくて思いやりのある人で・・・。
何よりも私を一番に想ってくれる男性」


しかしアキラはその彼女の言葉に怒ることも、驚くこともなく、ただ顔を少し、横にそむけたように見えた。
チサトは一瞬、アキラの表情が見えた、ような気がしたのだが。


「それはよかった・・・。おめでとう」


でも彼がどんな顔をしているのか見たくなかったからか、その彼の言葉のせいか、結局、見ていたはずなのにチサトには彼の表情が理解できなかった。


彼女の言葉は・・・、彼女が今、先生の前にいることで・・・、先生がどれだけ傷ついているかわかっているの?

幸せなひとは・・・。
自分の幸せの中に埋もれてしまって、自分のその幸せが成り立つために、泣いている人が、哀しんでいる人が、いることに気づかないでいる。

他人が幸せになるときに傍観者として、そんな場面に遭遇し、自分は絶対にひとを傷つけるようなことはしないと思っていても、やがて訪れた自分の幸せに埋もれてしまうとわからなくなってしまう。


ある種、「幸せになる」ということは麻薬のようなものかもしれない。


幸せすぎる彼女は知らずに先生を傷つけている。


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