黄昏と嘘
そうだ、あの教室に忘れてると思って取りに行ってそしたら小野先生がいて……。
それから頭ん中が真っ白になって何しにあそこへ行ったのかも忘れて今の今まで忘れてた、私。
チサトはそう思いながら今でも鮮明に彼女の脳裏によみがえるあの時の出来事を思い出し、少し震える声で言った。
「……す、すみません、ありがとう、ございます」
辞書を手渡し、それがチサトのものだと確認すると、アキラは表情を変えることなくそのまま、くるりと彼女に背を向けた。
「あ、待ってください、先生……。
どうしてこれが私のだって……」
なんでもいいからアキラともう少し一緒に話をしたかったからなのか、無意識にチサトは彼を呼び止めた。
するとアキラは再びチサトのほうを向いて無言のまま手渡した辞書の隅を指差した。
そこにはチサト自身がが書いた自分の名前、
「Chisato.H」
の文字があった。
チサトはアキラが自分の名前覚えていてくれたんだ、そう思い、とても嬉しくなった。
そして単純なことだが自然と満面の笑みになる。
「私の名前、覚えててくれたんですね!
ありがとうございます」
「……自分の持ち物くらいちゃんと管理できないでどうする?」
チサトの笑顔とは反対にアキラは無表情のまま冷たい声で言い放った。