ありふれた恋でいいから
―――誰だって、大切な人を傷つけたり悲しませたくはない。

それは、想う相手がいれば、尚のこと。


再会した、あの日。
畑野くんは、何も言わなかった。

ミキちゃんの嘘のことも、それを自分が知っていることも、何ひとつとして。

言い訳なんかひとつもせずに、ただ、私に謝りたかったのだと。

…あの頃。
畑野くんが真実を知った頃、既に私は彼の前から姿を消していた。

大学も違う。見る夢も違う。
住む場所も、連絡先さえも分からない。



…それでも。

同じ地元故に、実家や友達、あらゆる手段でそれを知ることは不可能ではなかった筈だ。
けれど彼が、私を探し当てることはなかった。

もしもそれが、彼なりの優しさだったとしたら。




彼は、分かっていたのかもしれない。

真実を伝えた先に、私にどんな感情が生まれるのかということも。
目にしたこと耳にしたこと、知ってしまったことを跡形もなく記憶から消せるほど、人間は器用には出来ていないことも。


なぜならきっと、畑野くんも。

嘘と真実の狭間で絶望したのだろうから。
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