“毒”から始まる恋もある

「……意味が分かりません」


そう言って顔を上げたつぐみちゃんの瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。
その顔に、胸が痛くなる。

誰かが浮かれるその裏で、唇を噛みしめる人もいるのよね。
まさに、半年前の私がそうだったように。


「いつか分かるよ。俺には分かったんだから」

「数家さん!」

「数分だけ休憩してから店に戻りなよ。外は危ないから事務所に入ってるといい」

「……はい」


一定の距離以上は近づかないようにして、数家くんは彼女にそう言った。

詳細は分からないけど、つぐみちゃんはやっぱり数家くんが好きだったのだろう。
告白もしたのかも知れない。だからこそ、私にも敵対心を露わにしていたわけで。


「じゃあ、刈谷さん、行こう」

「え?」


手首を掴まれて引っ張られる。
肩が触れ合うくらいの近さは、つぐみちゃんとはとらなかった距離。


「徳田さんとのことがあってすぐで何なんですけど」

「うん」

「俺、刈谷さんが好きです」

「……うん」


闇に縁取られた彼の輪郭が、じわじわとぼやけて来る。


「……なんで泣きます?」

「それは」


心配そうに顔の周りで泳ぐ手。
遠慮せずに触れてくれたらいいのにと思うけど、この一線を超えてこないのは私が伝えてないからだ。


「私もあなたが、好きだからよ」


数家くんが、真顔で固まって瞬きを繰り返す。


「え? ホントに?」

「告白しておいて何よ。嬉しくないの」

「や、今日はきっと宣言だけで終わるって思ってたから。……ちょ、ま、どうすればいいですかね俺」

「知らないわよ。両思いの男女がすることなんて決まってるでしょ」


嬉しいのに涙が止まらない。
なんか数家くんの前にいるとどうしてこうも色々油断してしまうのだろう。

数家くんはちょっと考えてから、大きな手のひらで私の頬を包み、親指で目尻を拭う。


「することって」

「うん」

「こういうことですかね」


次に触れたのは、唇だった。
一瞬だけの、試すようなキス。


「……そうだと思う」

「じゃあもう一度?」

「二回でも三回でもいいわよ」


かかとを上げて、今度は自分からキスをした。
バニラとゆずシャーベットの混ざる味。

私、この味をもう一生忘れられないかもしれない。



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