“毒”から始まる恋もある


『お電話ありがとうございます。【U TA GE】でございます』


女性店員の声だ。軽やかな受け答えが好印象。


「すいません、刈谷といいますが、モニター試食の件で」

『刈谷様ですね。担当のものに変わりますので少々お待ちください』


電話はそのまま音楽に変わる。品のいいクラッシック……なんだけど、どうしてこう色々アンバランスなんだろう。和食の店って感じが凄く薄いんだよね。


『お待たせしました。担当の数家です』

「あ、数家さん? 先日の……刈谷ですけど」


似た名前を連呼するとなんだか間抜けだな。


『刈谷様、早速のご連絡ありがとうございます。いかがでしょう、火曜のご予定は』

「行けます。でも、何をすればいいの」

『他のモニターの方と共にお食事して頂いて、メニューや店内、接客についてのご意見を頂きたいんです。悪い意見は言いにくいという場合は、アンケート用紙をお渡しいたしますのでそれをご返送くだされば。でもできれば、直接言っていただけたほうが助かるんですよ』

「はいはい」


そうだな。普通の人は面と向かっては駄目出ししないものね。


「分かったわ」

『あ、当日は申し訳ありませんがアルコールはお出しできないんです。それだけご了承ください』

「ああ。まあそうね。酔っちゃったら意見もなにもないもの」

『酔って本音を語ってもらうって方法もありそうなんですが、店長から止められているんで』


クスリと笑う音が聞こえる。結構思い切ったこと言うなぁ。
常に穏やかそうな態度だけど、案外やり手かも、彼は。


「じゃあ、火曜七時半にお伺いします」

『お待ちしております』

電話を切って、顔をあげる。

なんだろ、このワクワク感。
三十歳にして新しいこと始めるからかしら。

なんか、いつもとは違う興奮が湧き上がってくるみたい。


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