純情女子と不良DK


「ふぅ」



 葉月は静かな夜道を一人歩いていた。
もう夜は遅い。人もそんなにいなくて少し心地いい。けれど、こんな時間に駅から歩いて帰るのはあまりないせいか若干怖さも感じた。
近所の川沿いを夜散歩する分には平気だが、駅から家までとなると…。



(やっぱちょっと怖いかも)



よくドラマなどである、後ろから誰かの足音が聞こえて後をつけられる…なんて場面を想像して、咄嗟に辺りを見渡した。
大丈夫、誰もいない。ホッと胸を撫で下ろし足を進める。
…いや、この場合誰かしら周りにいてくれた方がいいのだけれど。
まぁ大丈夫か、と思いながらも少しだけ歩くスピードを速めてみた。その時だ。
後ろから人の足音が聞こえて来た。タンタン、と走ってくる音。
その音は自分の少し近くまでくるとスピード落とし、葉月と同じペースで歩き始めた。



「………」



 ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
葉月の頭には先ほど考えていた嫌な場面が過っていた。
いや。いやいやいや、違うこれは違う。後ろにいるのはきっと普通に道を歩いているただの人だ。自分が考えているような危ない人ではない。
葉月はそう自分に言い聞かせた。

そして試しに、足を止めてみた。これで向こうも止まったら、黒だ。
どうか止まらないで。そのまま歩いて。
けれど、その必死な願いを裏切るように後ろの相手もピタリと足を止めた。
そしてまた歩いてみる。向こうも歩き始める。また止まってみる。向こうも止まる。
葉月は身体中から変な汗が出るのを感じた。



(やばい…!ドラマ展開きた…!)



まさか自分こんな場面に遭遇するなんて。
怖くて足が震えた。思うように動かない。どうしよう、どうしようと思考を巡らせていれば後ろの相手がこっちに近づいてくる足音が聞こえた。

こっちに来る。まさか、誘拐される?痴漢?暴力?
そんなのごめんだ。そうはいくか。やってやる。
近づいてくる足音。葉月は身を固くして構えた。そして、相手がついに真後ろまで来た、と思いきや葉月の肩を掴んで来た。


「!!?」

「わっ!」



ギョッとして振り返った途端、耳元で脅かしてきたのだ。
それに葉月はぞわぁと鳥肌が立ち、肩にかけていた鞄を振り回し相手にぶつけた。



「ぎ、…ぎゃあああああ!!!痴漢!変態!触るな!!」

「え、ちょ、まっ、いたっ!ストップ!ストップ日高さん」

「なっ…!私の名前まで知って…、あなたストーカーですね!許せない!」

「いやいやいや、違う違う違う!日高さん、俺です成瀬です」

「ちょ、離して…って、え?」



鞄を振り回す葉月の両手首を掴む、その相手。
“成瀬”という言葉に聞き覚えがあり、葉月はピタリと動きを止めた。
そして、まじまじと相手の顔を見た途端持っていた鞄を地面に落としてしまった。
それはさっきコンビニでも会った、成瀬優聖だったからだ。



「ええ!?」



慌てて優聖の腕を振りほどき、一歩後ろへ下がる。




「すんません。ちょっと驚かそうとつい出来心で。まさか、んなマジで驚かれるとは思ってなくて」

「え、な、なん、なんで、こ、ここに」



さっきまであの不良集団的な奴と一緒にいたのに、なんで。と、もはやパニックだった。
どもりまくる葉月に優聖は思わず吹き出した。



「や、この時間もうバスねーし、歩いて帰んのかなって思って追いかけてみたりしました」

「…はい?」



追いかけてみたり、しました?何故わざわざそんな事を。
顔に出ていたのか、優聖は答えた。



「歩い帰ってたら、夜遅いし危ないかなーって。案の定外出たら日高さん歩いてんの見えたんで」



最近物騒だし、なんて言う優聖に葉月はまだよく状況が分かっていなかった。
それにしても、声のかけかたってものがあるだろう。驚かそうと思って…とはいえ、今のは心臓に悪い。



「家まで送っていきます」

「……え?」

「家まで送っていきます」



ああ、なるほど。だからわざわざ自分を追いかけて…。
結構優しいんだな。見た目はちょっと怖いけど。

…って、そうじゃないだろ。



「いやいやいや!そんな、大丈夫デス!そんな見ず知らずの人に送ってもらうだなんて」

「え、見ず知らず?知り合ったじゃないすかドッグランドで」

「あ!やー、…うん。えーと」



確かに見ず知らずではなかった。
とは言え、今日昼間ドッグランドで初めて会って初めて自己紹介をした人物だ。
そんな人に家まで送ってもらうなんて、どう反応したらいいか。









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