Fly*Flying*MoonLight

PM1:00 病室

「……ごちそうさまでした……」
 スプーンをトレイに置く。ナースコールで、食事が終わった事を告げると、介助員さんがトレイを下げてくれた。
 ……一通りの検査は終わった。どこも異常ないけれど、ひどく衰弱してるから、一週間ぐらい入院して様子見ましょうってことになった。
(病院食よりも、おばあちゃんのスープの方が効くんだけどなあ……)
 そんな事を思っていたら、ノックの音がした。
 がらり、と扉が開いて、和也さんが入ってくる。

 ……髪がまだ湿ってるけど、いつもの颯爽とした和也さんだ。
 和也さんは、ベッドの傍にパイプ椅子を持ってきて、そこに座った。

「気分は……どうだ」
「は……い、大丈夫……です……」
 思わずちょっと俯いて小声になる。
 ……だって、ものすごく睨んでない!?

 居心地が悪くて、背中に当てた枕の位置を変えたはずみに、銀色の鎖が寝巻からこぼれ出た。
 ……その途端、和也さんの顔色が変わった。和也さんが右手を私の胸元に伸ばす。半分になった、おばあちゃんのメダルを手に取った。

「お前……これ……」
 和也さん、蒼白になってる……?

「あ、の……これは……」
 つっかえながら、説明する。
「あの火事の時……魔力が暴走して、どこかに飛ばされて……で、そこで会った男の子、にあげました」
「……」
「心を閉ざしてて……悲しい事があったのに、それを誰にも言えなくて……」
「……」
「また会える? って聞かれたから……」
「……」
「おばあちゃんが言ってたんです。このメダルは二つに分かれても、一つになろうとするから、どんなに離れてても、半分ずつお互い持っていれば、必ずまた会えるって」
「……」
「だから……また会う約束をしました」
「……」
 和也さんは……暫く、黙ったままだった。

 やがて、私のメダルから手を離した和也さんは、自分の首の後ろに手を回した。
 ……銀色の鎖を外して、私の右手のてのひらに置いた。

 鎖の先……についてる、のは……

「え……?」

 ……半分に割れた、銀色のメダル。

 これ……

 私は自分の鎖をはずして、二つのメダルのかけら、を繋げた。
 ぼうっと金色の光が、メダルを包む。

 ――光が消えた時……

 ……メダルは、完全な楕円形、になっていた。

「え……え……ええええっ!?」
 メダルが……元に戻った!?
「ど……うして……」
 このメダル……和也さん……が……
 頭が真っ白、になった。

「……薔薇の……」
 和也さんが、ゆっくりと話し出した。
「薔薇の……あざ、まだ背中にあるのか?」
「!?」
 思わず和也さんを見る。
 ちょ、ちょっと待って……。
「……じゃ、じゃあ……」
 あ、あれって……!!

 ――パニックになってた私の耳に、聞きなれた声が聞こえてきた。

『やっぱり、そうだったのねえ……』

 え……この声……。
「お、おばあちゃんっ!?」
 和也さんも目を見開いてる。病室のガラス窓に……おばあちゃんの上半身が映っていた。

「……楓の……『おばあちゃん』?」
 呆然としたように、和也さんが言った。
「確か……亡くなった……と……」
 ふふっとおばあちゃんが笑う。
『あの人が亡くなった時に……人間としての生は終わったの。今は魔女として、故郷の村にいるわ』
「おばあちゃん、水晶玉でなくてもいいの!?」
『鏡になるような物であれば、どんな物でもいいのよ?』
 し、知らなかった……。
『あなたが和也さんね。私が楓の祖母のマリー・内村です』
「……高橋 和也、です。初めまして」
 和也さんが立ち上がってお辞儀をした。

 ……か、和也さんって、順応早い……。

『楓。あなた、屋敷に和也さんが受け入れられたって言ってたでしょ?』
「う……うん……」
『そのメダルの半分、を持ってたんじゃ、私のシールド魔法は効かないわよ?』
「え!?」
『和也さんが紳士で良かったわねえ……入ろうとすれば、あなたの部屋だって自由に入れたはずだし』
「ええええええっ!?」
 私しか入れないって思ってたのに!?
 
 ふう、とおばあちゃんがため息をついた。
『大体、あなた、そのメダルの意味、ちゃんと理解してる?』
 え?
「だ、だって……これは、また会うための約束でしょう?」
 私はおばあちゃんに言った
「おばあちゃんが、戦争でおじいちゃんと離れ離れになった時、このメダルのおかげでまた会えたって……」
『それはそうなんだけど……』
 おばあちゃんが、ちらと和也さんを見た。
『そのメダルはね、魔女が「自分の魔力と心の半分を、大切な人に捧げる」のに使うのよ?』
「……え……」
『そのメダルを渡すってことは……私と人生を共にして下さいって事。つまりプロポーズね、魔女の』
「……え」
 ええええええええええっ!?
 頬に血が、かあっとのぼる。
「プ、プロポーズ……って……!!」
 な、な、なにそれっ!?!
『……で、また一つに戻ったんでしょ?
それは、相手も承諾したって事。断られた場合は、元に戻らないの。
つまり……』

 呆然としてる私に、おばあちゃんはにっこり笑ってこう言った。

『……あなたたち、魔女的には婚姻成立、つまり夫婦になったってことなんだけど』

「えええええええええっ!?」
 思わず大声で叫ぶ。
 い、今、何て言ったの!? いきなり何を……っ!!

 おばあちゃんは、黙ったままの和也さんを見て、またにっこりと笑った。
『いくら魔女的に婚姻成立したとは言え、この子の祖母としては、人間としてもちゃんとして欲しいわね、和也さん』
 展開の早さについて行けてない私を尻目に、和也さんが答えた。
「……楓の体調が良くなり次第、すぐ手配します」
「えええええっ!?」
 目を白黒させてる私を、和也さんが睨んだ。
「……俺のファーストキスを奪って、プロポーズしたのは、お前の方だぞ」
 絶対、私、真っ赤になってるっ!
「そ、そんな言い方しないでっ!!」
「……事実だろ」
 しれっと和也さんが言う。

 あ、あのかわいかった男の子が、こんなのになっちゃうワケ!?
 いろんな事が頭によぎって、もう……恥ずかしい……っ!!

『……でもねえ、楓。あなたがここに戻ってこられたの、和也さんのおかげでしょ?』
 悶絶する私に、おばあちゃんが優しく言った。
「……おばあちゃん……」
『和也さんが呼んでくれたから、あの「世界の隙間」からこの世界へ帰ってこれた。そうじゃなかったら、あなた、永遠に暗闇に閉じ込められるところだったのよ』
「……」
 聞こえてた。和也さんが、私を呼ぶ声。
『人が人を大切に想う気持ちはね、どんな魔力よりも強力よ。あなたもわかってるでしょ?』
「……」
 おばあちゃんがにっこりと微笑んだ。
『ありがとう、和也さん。この子を取り戻してくれて。魔女にはね、人間界に魔力で関わってはいけない、っていう掟があるの。だから、私にも、どうすることも出来なかったわ』
「いえ……」
 和也さんが、首を振った。
「俺は自分のためにしたんです。楓を……失いたくなかったから」
 和也、さん……。

 黙り込んだ私に、おばあちゃんが優しく言った。
『ねえ、ぜひ新婚旅行でこちらにいらっしゃい。魔女しか入れない村だけど、「魔女の伴侶」、なら入れるの』
 ふふふっといたずらっぽく笑ったおばあちゃんは、とても綺麗、だった。
『じゃあね、楓。和也さんも』
 笑いながら手を振って、おばあちゃんは姿を消した。

「……」
「……」

 暫く、和也さんも私も、黙ったまま、だった。

「……楓」
 和也さんが私の目をじっと見つめた。
 ……真剣な目。
「……もう一度、聞く。お前にとって、俺は、何だ?」
「……」
 私は俯いて、手の中にある一つになったメダル、を見た。
「……和也……さんは……」
「……」
「……いじわるで、我がままで、すぐ怒るし……」
「……」
「……でも」

 ……小さい男の子、の和也さんも

 ……今、の和也さんも

 ……守りたいって思った、その気持ちは本物。

 だから……きっと

 顔を上げる。私を覗き込んでる和也さんの瞳を真っ直ぐに見た。

「私の……大切な、人です」
「……」
「……多分……誰よりも……」
 言いかけた私を、和也さんが思い切り抱きしめた。

「……かえ、で……」
 声がかすれてる……?
「……俺は」
「……」
「ずっと……お前に会いたかった」
「……」
「……両親が……死んで」
「……」
「叔父が……俺を引き取った……けれど」
「……」
「……それは……俺を……」
 和也さん……。
 私も和也さんの身体に手をまわして、ぎゅっと抱きしめた。
「……『あの時』の記憶から、俺を守ってくれた……のは」
 和也さんの右手が、私の頬をなぜた。

「……あのスープとこのメダル、そして……
    ……優しくて温かい、お前の手……だった」
「……」
「必ず会えるって……お前が言ったから」
「……」
「だから……俺は……」

 和也さんが、暫く言葉を切った。
 また強く抱きしめられて……和也さんの心臓の音、が聞こえる……。
「……ずっと……待ってた。俺の前に……」
「……」
「――もう一度、空飛ぶ魔女、が現れるのを」

 ……もしかして……
「和也さんが……私が魔女だって言ったのをすぐに信じてくれた……のは」
「……魔女に会うのは、ニ度目だったからな……」
 和也さんの右手が、私の左頬に当てられた。
「か……ず……」

 そう、言いかけた私の唇を、和也さんの唇が優しく塞いた。

「……!!」
 な……に……これっ……!!
 唇から……熱い何か、が伝わって……くる……。
「ん……っ」
 身体が……痺れる。頭が真っ白になる。濁流に飲み込まれるみたい……っ

 和也さんの……心が……直接、私の心に触れてきた。


 ……お前が

 愛しい……って……
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