Fly*Flying*MoonLight

PM1:40 病室

「……和也の母、沙耶花は、わしの最初の妻、美恵との子どもでした……」
「美惠は身体が弱く……沙耶花を生んで、すぐに亡くなってしまったのです」
「……」
「そんな沙耶花を育ててくれたのが、当時使用人だった武田 京子……譲司の母です」
「沙耶花は大層京子に懐いていましてな……京子の息子の譲司とも仲が良かった。わしも、この人なら、と再婚を決意したのです」
「……」
「結婚する時に、譲司を九条に、と申し入れたのですが……京子に断られましてな」
「『九条の名は重過ぎる。この子の負担になる』と……」
「結婚当初は幸せ……だったと思います。じゃが、わしが九条当主の仕事が忙しくなって留守がちとなり……結果的に京子たちをないがしろにする事が多くなってしまったのです」
「……元使用人が、と心無い親類たちの非難もありましてな……次第に京子は元気をなくしていきました……」
「……譲司が小学二年生の時、京子は交通事故で亡くなりました。自殺では、との噂もたち……譲司も辛い思いをしたと……」
「……」
「何度か譲司を九条に、とも思いましたが……どうしても京子との約束が……」
「……」
「沙耶花と譲司の間も次第におかしくなりましてな……。沙耶花は天才肌で、自由奔放、譲司は真面目な努力家、相容れない部分も多かったのでしょう」
「わしは……沙耶花の婿に九条を継いでもらおうと思っておりましたが……沙耶花は大学で知り合った講師の高橋 藤也(たかはし とうや)と駆け落ちしてしまいました」
「譲司には、九条のいくつかの運営も任せてみましたが……やはり、荷が重いと判断せざるを得なかったのです」
「……」
「九条に戻るよう説得するため、沙耶花を探そうとしていた矢先に――」

 ……和也さんの顔から、表情が消えた。

「……沙耶花達がホテルの火災に巻き込まれた、と分かったのです」
「……」
「高橋 藤也は天涯孤独の身の上で……連絡を取る親類もいませんでした。ホテルの帳簿も焼失したため、身元確認も遅れ……そのために、わしの所に連絡が来るのが遅くなってしまったのです」
 和也さん……。
「当時六歳だった和也は、身寄りのない子どもとして施設に送られてしまい……必死に探したのですが、手がかりもまるで無く……」
「……」
「……そんなある日、突然和也が屋敷に現れたのです」
「一度だけ、沙耶花が和也を連れて屋敷に来てくれた事がありましてな……その時の事を覚えていたようなのです」
「……」
「『おねえちゃんが連れてきてくれた』と和也は言っていましたが……その方が誰だったのか、結局分からずじまいでした」
 おじいさまが、私を見た。
「……葉山が、その時の女性に楓さんがよく似ている、と言っておりました」
 ……あの、インターフォンに出た男性が葉山さん、だったんだ……。
「……わしが和也の後見人となる、と言った時の譲司の表情は……」
 おじいさまが唇を噛んだ。

 ふっと、目の前に、景色が広がった。
 ――あの、広大な九条の御屋敷を、きらきらする目で眺めている、男の子。その子と一緒に木登りしている女の子。

『……死ねばいい』

(……違う。それは……)

 武田様の、本当の気持ち、じゃない。


 それまで黙って話を聞いていた、和也さんが口を開いた。
「……俺が、九条当主になる」
 おじいさまがはっとしたように、和也さんを見た。
「俺は……今まで逃げてた。九条当主の座など興味もなかったし、自分で作り上げた会社の方が大事だった」
「だが……」
 和也さんが私を見た。決意を秘めた瞳。
「……そのせいで、楓を危険な目にあわせた。九条の親戚たちももめるに決まってる。それなら……」
 おじいさまを真っ直ぐに見る、強い光を宿した瞳。
「俺が当主になって、よからぬ事を企んでる奴らを締めあげた方が早い」
 おじいさま……目が潤んでる……?
「そうか……よく決心してくれたな……」
 おじいさまが私を見た。
「楓さんには、きっとご苦労をかける事になると思いますが……」
「……楓は俺が守ります」
 真剣な目。和也さん……本気、だ……。
 ……でも……

 私は一瞬目を閉じ、息を吐いた。そして、和也さんとおじいさまを見た。
「……私の我がままを聞いてもらえますか」
 おじいさまが驚いたような目をした。
「楓さんの願いなら、何でも聞きますぞ。なんといっても、可愛い孫の嫁になる方ですからな」
 和也さんは……表情が読めない。

「私……九条のお屋敷には住めません」
「……」
 和也さんは黙ったまま、だった。
「私は……今の家にずっと住みたいんです。おじいちゃんとおばあちゃんが、一緒に建てた、魔法の家に」
「楓……さん……」

「……ですから……」

「……どうか、あのお屋敷の管理を武田様に」
 和也さんとおじいさまが、目を見開いた。
「そして……武田様を九条の姓に」
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