ユウウコララマハイル
皿洗いがひと段落した頃合を見計らったように、マスターがカケルを手招きした。
ホールに戻ってみるとカウンター席に常連である土橋が紅茶を飲んでいた。
いつもはひとりで来店することがほとんどだったけれど、今日は珍しく連れがいるらしい。
白髪を魅せるような短髪の中年女性が隣に座っている。
彼女は土橋によると、自宅の三件隣の「小井土さん」と呼ばれる方らしい。
土橋はもともと都会に住んでいて、十年前にこちらに引っ越してきた。
そのとき世話をしたのが「小井土さん」ということのようだ。
小井土はマスターと面識があるようで、軽快に話をしている。


「彼がうわさの修理屋さん?」
「そうそう、当店お抱えの修理屋さんだよ」


カケルは突然立ちくらみのような眩暈を覚える。


「俺は店員であって、修理屋じゃありません」


土橋は機嫌よく微笑んでいる。
うわさの出所はもちろんこの老婦人なのだろう。


「修理ができるカフェに変身したと聞いたから、久しぶりに来たかったの。実は見て欲しいものがあって、洗濯機なんだけど」
「俺の話聞いてます? だから、俺修理屋じゃないですから」


マスターはカウンターに背中を向けて笑いを堪えている。
自分はまったく面白くない。


「今朝ものすごい音がして動かなくなっちゃったの。随分古いものだから、買い替えどきなのはわかっているんだけど」
「そういうのは、メーカーが委託する修理屋さんに任せたほうがいいですって。俺、プロじゃないんで」
「でもそういうのって有料になっちゃって、下手したら買い換えるより高くなっちゃうでしょう。だから、新しい洗濯機が来る間までの繋ぎでね? お願い」


カケルはきっぱり「無理です」と断った。
しかし粘る小井土を前に折れたのはマスターで、「行ってくるだけ行ってくれば? 本当に無理なら無理ってそのときにもう一度言ってあげたらいい」と工具箱を自宅へ取りに行ってしまった。


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