きなこ語り~キスの前、キスの後~
「きなこ、こっちね」

彼女は写真立てを胸に抱いたまま、空いている手で枕元をポンポンと叩くとそのまま横になった。
それを見た私は、彼女が先ほど叩いていた位置に腰を下ろすと、顔を枕に乗せて彼女と向かい合うように横向きに寝そべった。

これが、みいちゃんのお話を聞くときの定番スタイルだ。

空いているほうの手で私の背中を撫でてくれる、その心地よさに時おり目を細めながら。

私は静かにみいちゃんの言葉を待った。


「あのね…」

「もう、限界だなって、思っちゃって…」

みいちゃんが呟いた少しあとに、自嘲するように小さく笑い、言葉を続ける。

「…違うな。限界っていうか、ホントはずいぶん前からダメだってわかってたのに、
気付かないフリしてただけなの。限界とかじゃなくて、無理だった、の間違いだね」

みいちゃんはそう言って、悲しそうに瞳を伏せたまま黙りこんだ。

みいちゃん。
我慢しないで泣いてもいいよ。
ここには、私しかいないんだから。
私はさりげなく尻尾を揺らして、彼女の肘をそっと撫でた。


それに気づいたみいちゃんが、優しく微笑む。

「ありがと、きなこ」

そう言ってからまた、ポツリ、ポツリと話し続けた。

「12月に、ね」

「会社が記念日で休みになった日にね、お父さんのプレゼント選びでデパートに行ったの。
ネクタイを見に行ったんだけどね」

プレゼント…。
ああ、「お父さんのお誕生日」で「クリスマス」の日に、みいちゃんがあげてたやつね。わかるわ。

毎年、「クリスマス」で「お父さんの誕生日」の日になると、
私はふわふわあったかい「サンタ風」の赤いケープを首に巻いてもらい、
いつものカリカリとは違うご飯を食べさせてもらえるので
ひそかに楽しみにしている日なのだ。

私はクリスマスに食べた、美味しいご飯の味を思い出して舌なめずりをしてからふと考えた。

あれ?でも・・・
あのとき、みいちゃんはお父さんにネクタイあげてたっけか?
浮かんだ疑問は、すぐに解決した。

「ネクタイ売場に行ったらね、颯太がいて。
…女の人と一緒にネクタイ選んでた」


ああ、なるほど。
颯太くんのデート現場に鉢合わせちゃったのね。
それは辛いわ。
そのお店じゃネクタイ買えないわ。

しかも、颯太くんが女の人を連れてたとなると…。

「…何かもう、慣れっこだと思ってたけどやっぱりダメなんだよねー。
またさぁ、一緒にいた人がすっごく綺麗な人なの。ホントに。
スラーっとして背だって高くてさ、パンツスーツも似合っててさ」

おどけたように明るく話す、みいちゃんの言葉に私は、
「やっぱりね」としか言いようがない。

これまで何年も、みいちゃんの話を聞いてきた限りと。

道路に面した二階の吐き出し窓から、私がたまに見かけるものと。

たまに遊びに来て、ウチのお母さんとお茶していく颯太くんとこのお母さんの話と。

…それらすべてを総合すると、彼はかなりの「メンクイ」ってやつだ。

いっつもいっつも、颯太くんが連れているのはきれいなセクシー系の、女の人。

誤解のないように言っておくと、私のみいちゃんだって、充分可愛い。

男の人から電話がかかってきたりしてるのも見たことがあるし、
彼氏(あるいは彼氏候補)がデートのお迎えに来たことだって何度もあるし。

ただ、スッピンで歩くと高校生と間違えられることもある彼女は、
どう贔屓目に見ても「セクシー系」とは言えない。

そして、颯太くんは「背も高くてカッコイイから、小さい頃からモテモテ(by みいちゃん)」で
「ガキっぽい女は好みじゃない(これは私も聞いていた。みいちゃんが昔、テレビを見て
『可愛くて好きだ』と言った童顔の女優さんのことを、興味無さげにコメントしていた)」らしい。

それから、みいちゃんは過去に、颯太君がその時付き合っていた彼女に対し
「これ、俺の妹だから」と紹介されたこともあるそうだ。

これだけの事実が重なれば、みいちゃんもどこかで諦めをつけたほうが良いのは
わかっているだろう。

なのに、ダメなのだ。

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