Darkness~暗黒夢~
 長く高い体を車の外に出し、金色の髪を夏の風にさらす。剣は運転席のドアを閉めるとロックをかけ、神楽の部屋を目指した。

 樹種変したのなら、すぐに連絡がくるはずだ。……どういう事か知りたい。

 鉄製の外階段をしなやかに駆け上がり、長いストライドで神楽の部屋の前に立つ。神楽のマンションにはチャイムがないので、剣は左手でドアをノックした。

「神楽、俺だ」

 種類は判らないが、恐らく安普請で作られたのだろう。白くのっぺりとしたドアは、ノックするととても軽く、それこそ安っぽい音を発した。

「神楽?」

 何度かノックしたが中からの反応は全くない。施錠されているだろうと思いながらもドアノブに手をかけ押してみる。すると驚いた事に、あっさりドアが開いた。

「あ……」

 びっくりして思わず小さく声が出る。と、ダークブラウンの瞳に、見慣れぬ風景が飛び込んできた。

「え……?」

 室内に足を一歩踏み入れたまま思わず固まる。そのまま剣の呼吸器も一瞬、その働きを停止した。

 大きな窓から燦々と差し込む銀色の太陽光が、茶色のフローリングを淡い色へと変えている。剣は玄関に踏み入れていた足を引くと力なく溜め息をついた。

 ここにもう、神楽はいない。

 部屋を離れ、ゆっくり階段へ向かう。閉めきられていないドアの隙間から、がらんどうと化した神楽の部屋が、少し寂しそうに、立ち去る剣の足音を聞いていた。




 ブラインドの隙間から差し込む白銀の月明かりを受け取ったシルバーアクセサリーが、天井からぶら下がり、ゆらゆら揺れている。月明かりに照らされ、星のように微かな瞬きを見せるそれらを、剣はじっと、口元にブランデーグラスを当てたまま、見つめていた。

 神楽……。

 あの日から、愚問と知りつつも繰り返す問い。

 なぜだ……?

 夕刻を過ぎた室内は、とっぷりと日が暮れ、そこには瞬く月明かりしか存在しない。剣はまた静かに、瞳を閉じた。




 神楽が消息不明になって三ヶ月後、剣は貯金をはたいて新たなアトリエとして繁華街に部屋を借り、そこでコツコツと、製作を続けていた。

 時にはスケッチブック、時にはパソコンの前で、ただひたすらデザイン画を仕上げてはそれをクライアントの元へ送信したり、直接届けたり、それ以外にも銀粘土でリングの試作品を黙々と仕上げる日々。しかしその瞳には、鈍い曇りが存在していた。
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