Darkness~暗黒夢~
 突然、机に置いていた携帯電話が騒ぎ出す。剣は作業の手を止め、携帯電話を手に取った。

「――はい、安藤です」

 いつもの物静かな声が声帯から発せられるが、その表情は固い。電話が得意ではない剣の表情筋は、いつも着信音と共に固く緊張してしまう。

「――えっ?」デスクにもたれて電話を受けていた剣の表情が、緊張のものから驚きのものへと変化した。「どこで――?」

 秋の涼しい室内で剣の額に透明な汗が浮かぶ。

「判った。ありがとう」

 携帯電話を閉じ、剣はそのままアトリエを飛び出すと繁華街をひた走り、ある宝石店の前で止まった。乱れる呼吸の中で店を見上げる。そこには沢山の報道陣がいた。

 長身の剣は背伸びしなくても、報道陣の構えるカメラを瞳が軽く越える。剣が立っているのは、三ヶ月前にデザイン画を応募した、あのデザインコンテストを主催している宝石店の前だった。

 先程電話をくれた友人から、今日が大賞作品の発表、及び、それを基にしたジュエリーの発表と聞いている。が、事前にコンテスト事務局から剣に連絡はなかったので、自分の作品が大賞ではないという事だけは、はっきりしていた。

 大手だけに報道陣の数もそこそこ多い。会場となっている店内に向け、一斉に炊かれる白いフラッシュの中に、剣は見覚えのある顔と、見覚えのあるデザインのジュエリーを見つけ、息を呑んだ。

 一瞬にして、全ての音が剣の聴覚から閉め出される。体の全ての神経が、視覚へと集中した。フラッシュと共に鳴り響く沢山のやかましいシャッター音。しかしそれらの音ももう、剣には届いていない。

「おめでとうございます!!」

 誰かのそんな声も、剣の耳を素通りしてゆく。

 そんな……。

 閃光の中、時に照れ臭そうにはにかみながら、輝かしい微笑みを讃え、嬉しそう目を細めている、受賞者らしき人物が、そのままの表情で剣の方を向く。と、その瞬間、彼の顔が強ばったのを、剣は見逃さなかった。

 氷の点と化した四つの瞳が、“視線”という“線”で一本に繋がる。

「すみません! こちらに視線、お願いします!」

 報道陣の中からそんな声がし、彼が慌てて表情を戻す中、ゆっくり、剣の足がその場を離れて行く。風に髪を揺らめかせ、瞳に冷ややかな色を称え――。

“大賞 武藤神楽”

 沢山のフラッシュの中、嬉しそうに微笑む神楽。そんな神楽の前で、やはり沢山のフラッシュを浴びてきらきらと輝く美しいシルバーのティアラ。そして、コツコツと遠ざかって行く剣の足音。それはあの日、剣が紛失したのではと慌てて探していた、あのデザイン画から造られた――物だった。
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