Darkness~暗黒夢~
月に濡れるゴールド
 あの日からどれくらい過ぎたのか、元々口数の少なかった剣は更に無口になった。

 毎日毎日ただひたすら、黙々とデザイン画や試作品を作り、夜遅くまで事務所にこもっては、そのまま朝を迎えてしまう事も珍しくなかった。

『いろんなルートで調べてみたんだけど、神楽とお前の作品が最後まで争ったみたいなんだ』

 あの日の数日後、剣に神楽の受賞を知らせてきた業界にいる友人が、そう、教えてくれた。

 マウスを包むように置いている掌から伸びる筋ばった指がピクリと動く。その話は剣にはとても滑稽だった。

 審査員はさぞ大変だったろうな。似たタッチの作品が違う名前で届いて……。まさか同一人物の作品とは……だよな。全くお笑いだぜ。まぁ、中には疑った奴もいたかもしれないが。いや、だからこそ、争ったのに佳作に俺が選ばれなかったんだろう。

 あの日で全てが止まったままの剣を差し置いて、季節と時間だけが無情にも過ぎてゆく。季節は梅雨を越え、夏を迎えていた。

 窓からの容赦ない、夏の突き刺さるような日差しを避けるようにパソコンを操作する。あれから一度も、神楽には会っていなかった。しかし、見たくなくても神楽の動向は業界にいる以上、噂としてどうしても耳に入ってくるし、業界雑誌を見ればたまに写真も載っている。剣にとってこの一年は苦虫を噛み潰したような屈辱的な年だった。

 神楽は剣が狙っていたポストに落ち着き、また、大賞を受賞したティアラは“有名宝石店”と言う“バックグラウンド”と“ブランド”の下、各方面に宣伝され、また受賞後、その宝石店と提携するブライダル店のショーで有名女優がドレスと共に身につけた事で一気に注目され、注文の殺到と共にそれをデザインした神楽の名前も、知名度を上げていた。

 もう、俺には関係ない。

 マウスをカチカチ言わせながら、ダークブラウンの瞳をじっと画面に据える。重くダークな一年ではあったが、悪い事ばかりでもなかった。

【八時には仕事が終わる予定なので、夕飯作って待ってるね。遅くなるようならメールか電話して。】

 夕方、携帯電話に届いた一通のメール。それは、夏の始めに、まるで神に導かれるように出逢い、急速に仲の深まった恋人・舞からのものだった。

 夕飯……か。

 舞からのメールに記されていた“夕飯”という言葉が妙におかしい。剣にとってこの一年は、そんな“普通の感覚”すら奪い去る程、暗く沈みきっていた。
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