Darkness~暗黒夢~
 もう二度と、面(つら)見せんな。

 剣との友情や信頼関係を先に手放したのは、誰でもない、神楽自身である。剣はそんな思いを背中に表し、神楽に伝えた。

「剣! 聞いてくれ!」運転席へと滑り込もうとする身体に神楽の声が飛ぶ。「金がほしかったんだ!!」

 車内に消えかけていた金色の髪が、ふわりと熱風に揺れ、一瞬、動きを止める。

「金が……」

 神楽の言葉を外気事遮るように、パタリとやや重い音を響かせて運転席のドアが固く閉ざされる。剣はそのままシリンダーにキーを射し込み、エンジンをかけた。バックミラーの中の長身が、見る間に小さくなってゆく。剣は右手でハンドルを握ったまま左手でサングラスをかけた。

 早く帰って、きみの乳房に抱かれたい。

 バックミラーにもう、神楽の姿はない。剣は一瞬サイドミラーに目をやった後、静かに視線を正面に据えた。




 女の白くて柔らかな指が、しなやかにそっと、男の襟足に触れ、つうっと肩口まで滑り降りる。その微かでソフトな刺激が、男を微睡みから緩やかに覚醒へと導く。

「……何時?」たまらなく心地いい肌触り。

「五時」

「五時……」黒いシーツの中で寝返りをうち、すっかり明るくなったブラインドの向こう側の窓を剣が見つめる。「早いな……」

「ふふ」

 剣の問いに舞が小さく微笑する。首から背中、更に腰へと緩やかに描かれる流線型のラインが、朝陽の中で白く輪郭を現し、細く浮き立つ。剣は長い指を伸ばすと舞のシルクに触れ、そっと指を絡ませた。微かに香る、蜜のような甘い香り。

「シャワー、浴びたのか?」

「うん」

 剣の胸に顎を乗せ、舞が可愛らしく微笑む。剣は左の親指をそっと舞の右頬に滑らせ、その小さくて形の良い唇にそっと押し当てた。

「今日は……朝から撮影なんだろ?」

「うん、九時スタジオ入り」

「俺も起きるよ」そう言って、胸に舞を乗せたまま、剣が再び寝返りをうち舞をシーツに沈める。剣はそのまま顔を寄せ、そっと唇を触れ合わせた。

「コーヒー頼むよ」

「ええ」

 先に剣がベッドを抜け、バスルームに向かう。舞もその後に続くようにベッドを出、薄いシルクのガウンをまとった。

 まだ少し、身体がだるい。昨夜から何もまとっていない剣の、まるで竹のような肢体が、バスルームに誂えられた、小さな窓から差し込む朝陽に背後から照らされ、グレーの輪郭をなす。剣は前髪をかき上げると蛇口を捻り、やや熱めのシャワーを頭から浴び始めた。

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