Darkness~暗黒夢~
「……まぁな、大学で四年間、ずっとお前の作品見てきたし……」

「そっか……」

 煙草を口にくわえたまま、友人が席を立つ。「じゃ、俺、行くわ」

「ああ」

 伝票の上に自分の分のコーヒー代を残し、友人がその場を去って行く。剣は煙の消えた灰皿をじっと見つめながら、銀色や茶色に鈍く光る丸い硬貨たちを視野から外した。

 才能……。

 さっきの友人の言葉が頭に引っかかって離れない。

 才能……。

 冷めてゆくコーヒーからは既に何も上らなくなっている。何も知らない静かな店内で、剣は目を伏せた。

 俺に本当に“才能”があるのか……?

 周囲の幸福そうな笑い声や話し声、ガラスと金属の触れ合う音が、ゆっくり遠くなってゆく。

 もしそうなら、神楽は死ななかったんじゃないのか……? もっと早く、業界に名が知れて、神楽を金銭的に苦しめたりしなかったんじゃないのか……?

 心臓のあたりがじわじわと、まるで何かに握り潰されてゆくように、鈍く痛くなってくる。

 今回の成功だって、舞の力だ。俺に才能なんて……! もし、もし本当にそんなものがあったなら……!

『金がほしかったんだ!!』

 あの日の神楽の声。怒りに任せ、シャットアウトしてしまった言葉。

 俺が殺した……。

 黒い丸テーブルに置かれた、口のつけられていないコーヒーに写る、金色の頼りない前髪が微かに揺れる。剣は窓の方へ顔を向け、思わず口元を左手で覆った。




 斎場から立ち上る細く長い煙が、嫌味なくらい真っ青な空へと吸い込まれてゆく。

 ヘブンリーブルー。

 神楽の涙だったのか、夜中に突然降り出した雨で綺麗に洗われた都会の空に、静かに還る魂。剣は斎場を望む小高い丘に車を止め、喪服ではないが全身黒の出で立ちで、帰らぬ者となったかつての友人を見送った。




 闇の中、剣がそっと瞳を開く。無機質な漆黒の室内に立ち尽くす華奢な肢体。雲の隙間から差し込む僅かな月明かりに照らされた三角筋と上腕二頭筋が、最低限の膨らみを呈する細いラインを露にする。

 あの日から、同じ夢ばかり見る……。

 眠らない街に存在する美しい月が、雲間に見え隠れしながら、剣の部屋を照らしている。

 眠ったら必ずお前が現れる。でも、眠らずには過ごせない。
< 23 / 26 >

この作品をシェア

pagetop