Darkness~暗黒夢~
 闇の中でただじっと対峙する夢を、あの日からずっと見続けている。神楽は黙ってただじっと剣を見つめ、剣も何も言わない。いや、本当は何か言いたいのだが、喉に何かがつかえたみたいに声が出ない。そしてそうしているうちに、神楽は闇に身を投じてしまい、そこでいつも目が覚める。

 お前を追い詰めたのは……俺なんだよな? 俺は結局、お前を苦しめてばかりだった……。

 ローテーブルに置かれたままのブランデーボトル。琥珀色の液体はまだ、半分程、残っている。

 剣は窓辺を離れると、それに手を伸ばし、ボトルのまま一気にあおって溜め息混じりの息を、ゆっくり吐き出した。ボトルを見つめる瞳に生気はない。あの日から、あの夢が始まった瞬間から剣は、生きたまま死んでしまったのだ。

 重たい鉄のドアが開く音にも反応しないダークブラウンの瞳。そんな剣の傍らに、愛しい舞が戻って来た。

「……剣」

 舞の囁くような声に剣がゆっくり顔を動かす。舞は愛おしそうに剣の頬を左手でなぞり、ゆっくり踵を持ち上げ、キスをした。

「遅くなってごめんなさい」

 舞の言葉に黙って剣が首を振る。剣は舞の側を離れるとキッチンの戸棚から赤ワインを出し、心地よくコルクを抜いた後、それをグラスに並々と注ぎ、軽く揺らした。

 グラスを受け取った舞が、ゆっくりそれを口に運ぶ。グラスという小さなガラスの中で、ルビーの海が香りたちながら、ゆっくりと、舞の唇に吸い込まれてゆく。

「おいで」

 グラスに三分の二程のワインを残し、舞の細い腰が剣の腕に力強く引き寄せられる。二人はそのまましっとりと唇を重ねた。




 熱く熱したオレンジの炎が、紅い液体をそのまま固めたような蝋燭入りのグラスにそっと落とされ、漆黒の室内に彩る。その薄明かりが、剣の瞳と同じ色の床で愛し合う二人を、揺らめきながら照らし出している。

「愛してる」

「あたしも愛してる」

 殆ど聞き取れないような囁きが交わされ、まるで波のように離れては重なる二つの唇。剣の長い腕が床の上に広がる舞の黒いシルクを撫で、側にあったワインボトルを倒した。

 トクトクと、小さく音を発しながらワインが床に広がり、噎せ返るような甘酸っぱい匂いが、愛し合う二人を包むように取り巻き始める。熱く熱した肌が再びルビーに染まり、濡れる。二人は愛し合いながらルビーの海を転がり、全身をその匂いで満たした。

 ずっと一緒だ。

 剣の長い指が、炎の灯ったグラスに当たり、グラスがルビーの海の中に倒れる。その瞬間、青と紫の混ざった炎の精が、オレンジの精を引き連れ、一気に床の上の海を渡った。

 これでいい。
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