恋する淑女は、会議室で夢を見る
「おはようございまーす 氷室先輩」
向いの席に座る先輩、氷室仁(ひむろ じん)は、真優の一つ年上で、
ここ第二営業部に配属になった時から、真優が頼りにしている優秀な先輩だ。
「おはよう」
チラリと真優を見た氷室先輩は、微かに口元を歪めた。
「何ですか 先輩
今 笑ったでしょ」
「額に汗かいてるぞ」
「あ・・
今日は暖かくって気持ちよかったですよー自転車」
ハンカチは忘れたので、ティッシュでペタペタと汗を拭く。
氷室先輩はクスッと笑ったけど、
それは一瞬のことで、
何事もなかったかのようにまたすぐ書類に視線を落とした。
クールだ。
向いの席に座って1年ちょっと。
氷室先輩が動揺しているところを真優は一度も見たことがない。
仕事で問題が起きて大騒ぎになった時も、クレームの電話が鳴り響いた時も
その切れ長の目元が歪んだことはないし
バリトンボイスが乱れることもない。
自分のことはあまり語らない氷室先輩には色々な噂がある。
実は実家は闇社会の有名なボスらしいとか
今は社会勉強にここにいるが 実はどこそこの御曹司だとか…。
――どれもありえる話だ…
書類を見下ろす目元には、影を作る長い睫。
よく通った鼻筋。
…今朝も相変わらずカッコイイなぁ
なんて見惚れていると
「青木さん ちょっと」
と、真優は課長に呼ばれた。