残業しないで帰りたい!
最近太一はよく笑うようになった。
俺が『高い高い』をしてやるとキャッキャと声を出して笑う。
それがあんまり可愛いから、何度もやり過ぎて「翔太くん、やり過ぎだよ」って香奈ちゃんに叱られるんだ。
あー、早くあの笑顔が見たい。
香奈ちゃんに叱られたい。
早く帰りたい。
そんなわけで、さっさと帰ろう!
いそいそとカバンを手に取り帰り支度をしていたら、新人の松本から声をかけられた。
松本は気が弱くて要領の悪い新人だ。
いまだにうまく選べないのか、スーツとネクタイの組み合わせがしっくりこない。
情けないなあ。
その割になぜか俺には平気で声をかけてくる。
俺ってどんだけ舐められてんの?
「……課長、お帰りですか?」
「うん」
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「何もないよ」
「珍しいですね」
俺が早く帰ることがそんなに珍しい?
「いいの、俺だって早く帰りたいの!」
「はあ……、もう帰っちゃうんですか」
なによ?ウジウジして、なんか用でもあんの?
「どうしたの?」
「えっと、提出用に作った文章を見ていただこうと思って……」
「んー?それは久保田係長の担当でしょ?」
「……」
わかってるよ。
どうせ久保田さんがビシバシ厳しいから先に俺に校正入れてもらって、うるさく言われないように仕上げたい、と。
そういうことでしょ?
「今日はダメだよ」
俺が冷たく言い放つと、松本はウルッとしてうつむいた。
そんな顔してもダメ!
俺は早く帰りたいんだ。