残業しないで帰りたい!
やっと父親の自覚と責任、そして家族を持つ幸せを実感し始めたんだ。そんな俺の邪魔をするなんて無粋なマネ、やめてくんない?
「あのね、久保田係長だって松本が嫌いで厳しいわけじゃないんだよ?俺がテキトーに指導しちゃうより、久保田係長にみっちり見てもらった方が、将来絶対にためになるって!」
こんなこと自分で言うなんて、身も蓋もないけど。
「そんなこと、言わないでくださいよ……」
なんだよ、男のくせに涙ぐむなよ。
……。
ああもう!
仕方ないなあ。
「うーん。じゃあ、見るだけね」
「は、はいっ!」
あ……、もう涙ぐんでないし!
なによ、その笑顔。
最近の男子ってこういう感じなの?
俺も喋り方がどうかしてるからなよなよしてるってよく言われるけど、君は正真正銘本物のひ弱だな。
書類を受け取って目を通し始めたら、最初の段階で校正を入れたくなった。
なにこれ?
あーあ……。
これ、全然ダメだ。
こんなの見てたらキリがない。やっぱり久保田さんに任せちゃおう。
「ごめん、やっぱり久保田係長に見てもらって。でも、時間外はダメだよ。明日見せること。それから、提出する前にもう一度最初から見直して、どの資料のどの部分を参考にしたのか、根拠がわかりやすいように修正したらいいんじゃないのかな?」
松本は憐れな仔犬みたいな目をしたけれど、それは見なかったことにした。
「じゃ、お疲れっ!」と言い、くるりと背を向けてフロアを後にする。
いいんだ。
これでいいんだよ。
君は久保田さんに鍛えられなさい。
その方が君のためなんだ。
それになにより、俺にはあの柔らかい笑顔が、あの暖かい幸せが待っている。
だから今日は帰りたい。
残業しないで帰りたい!
【 ろくでなしの初恋 藤崎翔太 】
