残業しないで帰りたい!
「あの……えっと、優香さんって呼んでもいいですか?」
香奈ちゃんは顔色をうかがうようにそう聞いてきた。
「うん、いいよ。間違ってもお母さんなんて呼ばないでよね」
「はい」
香奈ちゃんは嬉しそうにうなずいた。
私はその表情を見た時、香奈ちゃんにとってのお母さんは本当のお母さんだけなんだろうから、新参者の私のことなんか『お母さん』なんて呼びたくないんだろうなって思った。
別にそんなの気にしないし、全然かまわない。
だって!
私まだ23なのに、自分より背のデカい子どもに『お母さん』なんて言われたくないもん!
「じゃあ、私は香奈ちゃんって呼ぶね」
「はい」
私と香奈ちゃんが普通に会話をしている様子を見て、彼は安心したように微笑んだ。
彼はとてもモテる。
『総務課の大谷課長は仕事ができて、背が高くてすごくかっこいいのに、女を寄せ付けない』と社内でも有名だった彼。
彼が言い寄ってくる女をことごとくフッてきたのは、娘がいたからだと思う。きっと、一人で育てるつもりだったんだろう。
彼は出来る限り残業をしない。それだって娘のため。そんなに大事にされている香奈ちゃんがなんだかちょっと羨ましい。
それに、彼は若い女に母親の役割をさせることに対して罪悪感を持っているようだった。
まだ彼と付き合う前、彼はしつこく付きまとう私に諭すように言った。
「付き合うなら真剣に付き合いたい。でも、俺には娘がいる。まだ23歳の君を9歳の娘の母親にするわけにはいかないよ。君には輝かしい未来があると思う。だから、俺以外の男を探してくれ」
そう真剣に言われたけど。
諦めの悪い私は「母親にならなくても家族になれると思います!課長の気持ちはどうなんですか?」と、彼にしつこくアタックし続けた。
なんだろう、彼は私を好きに違いないっていう変な確信があった。そんなしつこい私を、彼は冷たくあしらい続けた。
でも、最終的には彼が根負けした。