残業しないで帰りたい!
いろんなお宅を回って奥さんたちと雑談するのは、全然苦にならなかった。
雑談しつつ、どのタイミングで教材に興味を持つような話を入れようかなあ、とか考えたりして。
ちなみに、中には勘違いして恋愛感情を持って迫ってくる怖い奥さんがいる。
でも、そういう人って最初にエリアを回った時にだいたいわかるから、その家には二度と近付かない。
そういうのは怖いからイヤだ。
そして、ピックアップしたお宅に足繁く通って何度か雑談をしてるうちに、奥さんが少しでも教材に興味を持ったら、丁寧にうちの商品の説明をする。
そのためには教材のことを詳しくマニア的に知っていなければいけない。
飽きないように楽しく話をして最後まで説明を聞いてもらわないといけないし、買いたいと思ってもらわないといけない。
実例として、自分が子どもの頃の話をすることも多かった。
子どもの頃、母親と一緒にドリルをやった話。これは作り話じゃなくて本当の話。
そもそも教材を扱う会社に興味を持ったのは、子どもの頃、母親とやったドリルの記憶があったからだと思う。
子どもの頃、ドリルをやる時、母親が一緒にいてくれて嬉しかった。
本当は母親にそばにいてほしくてドリルをやっていた。おかげで成績は良かったと思う。
セールスの時はここまでしか話さない。
でも本当は、この話には続きがある。
親父はろくでなしだった。女にだらしなくて、当たり前のように浮気をしていた。そんな親父の帰りを、母親はいつもじっと耐えて待っていた。
子どもとはいえ、小学2、3年生くらいになると大人の事情はだいたいわかる。
あんな最低男なのに、母親は親父のことが好きなんだということもわかっていた。
母親は、俺や弟より、親父を愛していた。
俺は、ろくでなしの親父を健気に待つ寂しげな母親を見ていられなかったし、悔しかった。
あんな親父のことは忘れてほしかった。