初恋パレット。~キミとわたしの恋の色~
 
ただ、先輩が泣いていたその理由が、もし百井くんが傷つくような内容--つまり、結婚してもいまだに実結先輩が想いを寄せ続けている、美術部顧問の持田先生絡みのことだったとしたら……。


「……百井くんっ」


嫌な予感がして、弾かれるように美術室の中に百井くんの姿を探し、見つけると同時に名前を呼ぶ。

名前を呼んだ声は自分でもびっくりするほど大きくて、わたしに背を向ける格好で立っていた百井くんの肩がビクリと大きく跳ねあがった。

百井くんの前には、イーゼルに立てかけたキャンバス。

窓が開いているのだろう、カーテンの裾がはたはたと吹き込む風になびいていて、その影が不規則に揺れている。


「百井くん、今、実結先輩が……」


それ以上は言葉にならず、口をつぐむ。

嫌な予感というのは、なんで当たってしまうんだろう。

風は通っているはずなのに美術室全体の空気が重く、声をかけても一向にこちらを振り向かない百井くんの様子に言いようのない息苦しさが募っていく。


「ああ、なんでもない」


やがてそう言った彼は、こちらに顔を向けることなく手を動かしはじめた。
 
イーゼルの位置を整え、その前の丸椅子に座り、パレットと絵筆を取って、まるで何事もなかったかのように自分の絵と向き合いはじめる。
 
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