誘惑はキスから始まる
心の奥でベーと舌を出していたら、男がチラッと私の唇を見て、自分の唇を親指で拭う。
その行動に天宮くんが何か気づいたのか私の顔を…いや、唇を凝視している。
なに?
なんなの…
「口紅、はみ出てるぞ」
「……」
男の言葉に何のことか理解できて、手のひらで口を隠し慌てて社長室を飛び出してお手洗いに走った。
鏡の前の私の唇は、男が言うように唇のまわりが口紅で染まっている。
ポケットからハンカチを取り出し拭い取るが、気になるからかまだ、口紅がついてるように見える。
あーもう…
信じられない。
天宮くんにあんなこと言ったら、キスしてたのバレてるじゃない…
キスしてきたのは社長だけど
私も抵抗しなかった…
キスを思い出し、無意識に指が唇に触れ
鏡の中いる私は、別人のように艶めいている。
これって私だよね?
女の顔をした自分に戸惑う。
蛇口を捻り、水を出すと鏡の自分に向かって水をかけた。
「また、男に騙されたいの⁈キスなんかで好きにならないんだから…」
自分に言い聞かせるように呟いていた。
天宮くんはよそよそしくなったが、彼と恋愛沙汰で気まずい思いをしなくてよかったと思う。
あの日から1カ月近く経つが、社長も仕事モードであの日が嘘だったと思うぐらいに2人きりでも何もしてこない。
ホッとしている自分となぜだかイラついている自分がそこにいて、この気持ちが何なのかわからずにソファの上でクッションに八つ当たりしていたり、クッションを抱きしめ膝を抱えて隣の住人がいるであろう部屋をため息をついて見ていたりしている。
ガチャンとドアが開く音。
夜、遅くに帰ってきたこの部屋の住人
「兄さん、おかえり…」
「…起きてたのか?」
「…うん。寝つけなくて」
「どうした?」
ドサッと横に座る兄さんからタバコの香りとは違う香水の匂いがする。
ん⁈
この香り⁈
前にも…
「兄さん、誰といたの?」
「…おんな」
そんなのわかってるわよ。
前と同じ彼女⁈
「その人って前に朝帰りした時の人?」
「だったかな⁈」
「どうなのよ?」
話しをごまかす兄にイラついて、体を揺らす。
「そうだよ…だから何だよ」
移り香が残るぐらい一緒にいたって事は、そういう関係だよね。
「兄さんが、同じ女性と何度も関係を持つなんて初めてじゃないの⁈」
「かもな…」
「本気ってこと?」
確かめたい気持ちが先走る。