誘惑はキスから始まる

「どうかな?それよりお前こそどうしたんだよ」

話をすり替える兄さん。

「本気で人を好きになったことのない兄さんに、この気持ちが何なのかなかんないよ」

「…そうだなぁ。でも、どうでもいい相手の為に悩んだりしないだろう…俺も、彼女に感じるこの気持ちが何なのかわかんないんだよ」

苦笑する兄さんが別人のように見えた。

「……」

「まぁ、お互い抱える何かにいつか答えが出るさ…逃げないで向き合ってみるかな⁈」

意味深な言葉を残し、兄さんは部屋に消えていった。

『逃げないで向き合ってみるか』か⁈

私も逃げてるのかな?

傷つきたくないから彼の内面を見ないふりをしている。

顔は?

割とタイプ…
眼鏡のない時もかっこいいけど、
眼鏡をかけている時なんて特に素敵に見える。

声は?

バリトンボイスが心地いい。
命令口調で甘く囁く声も意外に好きかもしれない。

話し方は?

仕事モードの時に突然、本来の彼が垣間見れた時はドキンと胸が高鳴るし、彼にお前って呼ばれるのは嫌いじゃない。

それに、抱きしめてきた腕も、キスしてきた唇にも嫌悪感を感じなかったことに気づいた。

どうしたんだろう?

謙虚さもなく自分に自信があって、女なんて次々取っ替え引っ替えして、当たり前のように女は自分を好きになるって思っているようなタイプの男が1番嫌いなのに…そんな男だろうと勝手に思っていた。

それが一緒にいる時間があればあるほど、初めの頃に感じた彼の印象が私の中で変わってきはじめた。

ある日、某ホテルで婚活パーティーが行われ、社長自ら裏方の仕事をしているにも関わらず、あの容姿だからかスタッフバッチをつけていても女性に声をかけられていた。

その姿が視界に入り、なぜだか面白くない私。

女性に微笑む男にムッときてしまう。

私のこと好きだっていいながら、あの後、何のアプローチもしてこないし、キスだってしてこない…

いや…してこなくていいんだけど。
この3ヶ月ほど男を見ていると心の中でモヤモヤとしてくる。

すると、先ほど男に声をかけていた女性が目の前の数人の輪に戻ってきた。

聞こえてくる話し声に聞き耳をたてる。

「どうだった?」

「断わらちゃった…相手の方に勘違いされたくないから、名刺も受け取れないって言われちゃった」

思わずキュンとなり、まさかと男に視線を向ければ…視線が絡み微笑みかけてくる男。
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