鬼伐桃史譚 英桃

 菊乃はこの十六年もの間、木犀の死を悲しみ、そしていつまた、夫の二の舞として息子英桃に鬼討伐の命を受ける日がくるのかと、心休まる時はなかった。

 風の噂によれば、鬼の子が都、京に出現し、大鬼の上半身を封印した梅姚姫が攫(さら)われたと聞く。おそらく英桃が鬼の討伐に向かう日は近い。刻一刻と間近に迫っているのだろう。


 木犀に続いて英桃までもを失うかもしれない。そう考えると息苦しい。まるで心臓がえぐられるように痛む。菊乃は震える吐息を唇から吐き出した。


 ふと、菊乃は向こう側からこちらへ近づいてくる人の気配に気がついた。同時にするすると木戸が開かれる。その先にはひとりの中年の男が入ってきた。


「御母堂様……」


嗄(しわが)れた男の声が静寂を破った。


 年は五十前後。恰幅のよい、長身の男がそこにいた。彼はよくよく苦労しているのだろう、額には深い皺が刻まれている。


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