鬼伐桃史譚 英桃
「吉助(きちすけ)か」
菊乃は背を向けたまま、男に訊(たず)ねた。
彼は諸国の隅々までを探る忍で、菊乃たちの情報源となっている。
吉助は菊乃の呼び声に小さく頭を下げ、その場に跪(ひざまず)いた。彼の細い一重の目には、木犀の位牌が写っている。
「木犀様が鬼に殺されてから、もう十六年でございますな」
「……ええ」
ゆるゆると蝋燭(ろうそく)の炎が静かに揺れる。
菊乃は目を閉ざし、頷いた。
その後に、ひとつ間を置き、吉助は続けて話す。
「木犀様のお力で、蘇芳(すおう)様のお子、一の姫様と二の姫様の中に大鬼を封印することができました。ですが、その大鬼の仲間は今、一の姫様を攫いました」
「吉助!!」
尚も冷静に話を続ける吉助を、菊乃は声を張り上げ、制した。吉助がこの屋敷を訪れたその時から、彼が何を言わんとしているのかを菊乃は知っていた。だから菊乃はもう何も聞きたくなかった。