ウ・テ・ル・ス
真奈美が今日の仕事を終えて帰宅しようとしていた。従業通用口を出て駐車場を抜けようとした時、秋良の姿を見つけた。はっとして、慌てて車の陰に身を隠したが、なぜ隠れなければならないのか自分でも理解できない。彼は見覚えのある高級外車の運転席ドアを開き、健やかに伸びた長い左腕をドアの縁に掛けてスマートフォンで話し込んでいる。薄暗くなった駐車場の淡い光で、細かいディティールは解らないが、全体的にシルエットが浮き上がり、そのまま動かないでいてくれたら、ピオ・クレメンティーノ美術館(バチカン博物館)にあるベルヴェデーレの中庭を囲む彫像そのものである。
真奈美は全身の勇気を振り絞って、秋良の車に近づくと図々しく助手席に座りこんだ。スマートフォンで話していた秋良は、真奈美の姿を認めてわずかに驚いたように言葉を飲んだが、重要な用件だったのか、話を中断させずにただ真奈美の行動を眼で追うだけだった。
「雇用主の車に勝手に上がり込む理由を聞かせて欲しい。」
話を終えた秋良が、運転席に腰掛けながら真奈美を睨みつける。
「契約の中に、会社は私の安全に対して最大限の配慮をするという事項があったわよね。」
「ああ。」
「最近帰宅の途中で、変な視線を感じるの。家まで送って。」
前を見つめたまま秋良と視線も合わせぬ真奈美。実際のところ、勝手に上がり込むことにすべての勇気を使い果たした真奈美は、これ以上助手席に居座ることを拒否する言葉が秋良から出たら、それに対抗するなんて力は残っていなかった。幸いなことに、彼女の横顔をしばらく眺めていた秋良は、諦めたように何も言わずに、スマートキーのボタンを押し、エンジンをスタートさせる。それで真奈美もやっと安心できた。身体の緊張を解いてシートベルトを装着すると、黙ったまま車窓から流れる街の風景を眺めていた。
真奈美は全身の勇気を振り絞って、秋良の車に近づくと図々しく助手席に座りこんだ。スマートフォンで話していた秋良は、真奈美の姿を認めてわずかに驚いたように言葉を飲んだが、重要な用件だったのか、話を中断させずにただ真奈美の行動を眼で追うだけだった。
「雇用主の車に勝手に上がり込む理由を聞かせて欲しい。」
話を終えた秋良が、運転席に腰掛けながら真奈美を睨みつける。
「契約の中に、会社は私の安全に対して最大限の配慮をするという事項があったわよね。」
「ああ。」
「最近帰宅の途中で、変な視線を感じるの。家まで送って。」
前を見つめたまま秋良と視線も合わせぬ真奈美。実際のところ、勝手に上がり込むことにすべての勇気を使い果たした真奈美は、これ以上助手席に居座ることを拒否する言葉が秋良から出たら、それに対抗するなんて力は残っていなかった。幸いなことに、彼女の横顔をしばらく眺めていた秋良は、諦めたように何も言わずに、スマートキーのボタンを押し、エンジンをスタートさせる。それで真奈美もやっと安心できた。身体の緊張を解いてシートベルトを装着すると、黙ったまま車窓から流れる街の風景を眺めていた。