ウ・テ・ル・ス
「しかし奥様、凍結精子の体外受精の成功率は低いですし、遺伝子異常の有無の問題もあります。それに、受精卵の着床も100%成功するとはいえません。それなりのリスクは必ずありますから…。」
 慌てて守本ドクターが発言するも、夫人は受け付けなかった。
「そのリスクをクリアする額を提示しなさい。」
 今度は秀麗が夫人に向って発言する。
「それに損害賠償といわれましても、法的保護のある契約締結でもありませんので係争には…。」
「係争なんて低レベルなこと言ってないのよ。大臣級の国会議員の夫を持つ私にしてみれば、法的保護のない契約での損害賠償は、夫の力を利用しての徹底した報復こそが一番ふさわしいと思っているの。」
 正真正銘のインテリやくざだ。秀麗の膝がわずかに震えた。
「そう言うことでしたら奥様、残念ですが今回のご依頼は…。」
 しかし夫人は、秀麗に最後まで言わせなかった。
「お嬢さん、勘違いなさらないで。私の顔を見て依頼を聞いた時点で、契約は交わされたも同じなのよ。」
 
 夫人をクリニックから送りだした三人は、すぐに院長室に集まった。代議士夫人とのやり取りの緊張から解放されて、秀麗と守本ドクターの口も幾分か軽くなっている。
「とんでもない客に捕まったわね。」
「それにしても、あんな額が承認されるとは思わなかったよ。」
「実際に、お金を積めばリスクを低めることができるの?」
「科学的には無理だね。ただ、従事者の気合いは高まるけど…。」
「成功させれば、この仕事の発展どころか、新しいビジネス開発への強力なコネになるのは間違いない。でもその逆を考えると、身体の震えが止まらないわ。」
 秀麗と守本ドクターのやり取りを聞きながら、秋良が口を開いた。
「あのVIPの旦那は、厚生労働省と外務省の大臣経験者だ。それに裏では右翼団体との強力なパイプがあるとも噂されている。断れないと解ったからには、とにかく成功させるよう前に進むしかないだろう。」
 秀麗も守本ドクターもうなずくしかなかった。
< 42 / 113 >

この作品をシェア

pagetop