ウ・テ・ル・ス
 秋良は運転をしながら真奈美を盗み見た。特別室で久しぶりに会った時も感じたのだが、本当に彼女は変わった。身体測定の数値と行動報告で、その変化を知ってはいたものの、こうして手で触れる範囲で彼女に接すると、前には彼女から感じることがなかった女性美のオーラが、香って来る。しかし、秋良の仕事では女性の美を求めてはいないので、真奈美にこんな変貌を期待していたわけではない。必要なのは出産できる機能だ。秋良はあらためて、彼女を最初に見た時を思い出していた。あの時、彼女に妙なこだわりを感じたのはいったいなんだったのだろう。真奈美が家族や周りの人々をあたたかく包む時に発していたものが、いったい何であったのかその時の秋良に解るはずもなかった。
「さっき言っていたことは…、本当なのか?」
 秋良が唐突に口を開いた。
「えっ?ああ、本当よ。実際に姿を見たりはしていないんだけど、難か見られているみたい。」
「そんなものを怖がるような人間だっけ?」
 真奈美は本心を見透かされまいと必死に抵抗する。
「会社から女の身体になるための餌づけされているうちに、心もか弱くなったのかしら…。」
 秋良から話しかけられた嬉しさで、真奈美の口が軽くなった。
「ところで、ちゃんと食べているの?」
 秋良は、真奈美の問いに返事を返さず黙ってハンドルを握り続けた。
「なんか、痩せたんじゃない。」
「君が気にすることじゃない。」
「外食ばっかりなんでしょ?」
「余計な御世話だ。」
「たとえ質素な食材でも、自分の為だけに作られた料理って大切なのよ。」
「偉そうに…。」
「あなたには家政婦さんが必要ね。なんなら、これから家に行って食事を作ってあげましょうか?」
 秋良は突然ハンドルを左に切ると急停止した。
「それ以上母親の真似ごとを言うと、車から叩きだすぞ。」
 ものすごい剣幕で真奈美に迫る秋良。さすがの真奈美もちょっと調子に乗り過ぎたと反省した。
 それから真奈美のマンションに着くまで、秋良は口を一文字に閉めて、ただひたすら前を見て運転していた。真奈美も一切の会話を拒否するような彼の様子に、これ以上声を掛ける勇気が出ない。真奈美のマンションの前に車を止めても、秋良は相変わらず黙ったままだ。真奈美は仕方なくシートベルトを外した。
「送ってくれてありがとうございました。」
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