ウ・テ・ル・ス
「いえっ、小池秋良のスマートフォンですけど…。」
『そうよね。でっ、あなた誰?』
 高飛車な質問に、真奈美も一瞬言葉を飲んだ。
『息子の電話に、なんであなたが出るの?』
「えっ、お母様ですか…あの、秋良さんが家にスマートフォンを忘れていかれたものだから…。」
『家に?息子は家に女を入れない主義よ。母親のあたしだって入ったことが無いのに。』
「いえ、わたし…家政婦みたいなもので…。」
『家政婦にしては声が若いわね。それに、主人を名前で呼ぶ家政婦も珍しいわ。』
 矢継ぎ早やの母親の追及に狼狽するあまり、真奈美もついに答える返事が浮かばなくなってしまった。
『まあそんなこと、どうでもいいわ。』
 母親の声が自信の無い小さな声に変わった。
『しかし…いまだにあの子は自分の誕生日にはスマートフォンを持ち歩かないのね。よっぽど私の声を聞きたくないのね…。』
 しばらくの沈黙の後、母親は言葉を繋げた。
『機械相手に伝言残すよりは、生身の人間に託した方がましだわ。母親が誕生日おめでとうと言っていたと伝えておいてね。それから…またお願いしたいことがあるから、連絡くれって…。頼んだわよ。』
 母親は真奈美の返事も聞かず電話を切った。今自分が話した相手が秋良の言っていた『若い男の尻ばかり追いかけていた母親』なのか。電話に出た相手に心遣いの感じられない話し方は、そんな彼の話しを裏付けているような気がした。しかし、母親の話が本当なら、息子の誕生日を祝う母親の言葉が聞きたくないからとスマートフォンを置いていくのは、少しやり過ぎではないか。まあ、それはそれとして…今日は忙しくなるわ。真奈美はキッチンに駆け込んだ。

 真奈美がやって来た日以来、秋良は妙なストレスに見舞われていた。家にいると鈴の音が鳴りやまない。本当にじっとしていられないやつだ。秋良はできるだけ真奈美と顔を合わさないように、鈴の音から遠ざかり、彼女との間に距離を保つようにしていたが、こんな調子で家を我がもの顔でウロつかれれば、それもままならない。それにあの世話焼き千本ノック。拒んでも、拒んでも笑顔で繰り出してくるお節介に、秋良のストレスもそろそろ限界点に来ていた。
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