ウ・テ・ル・ス
秋良は、仕事の関係からも女の扱いには慣れていた。いかなる女にも自分のペースを乱されることなくクールに接っすることができた。確か真奈美も上手くあしらっていたはずだが、自分の家にやってきてからというもの様子が違った。ストレスを感じる人間は母親だけで十分なのに…。今や真奈美は、ストレスメーカーとして母親と肩を並べるほどの存在となっている。
仕事から帰って玄関ドアを開けて中に入る秋良。いつもならオートで点灯する玄関のライトが点かない。また、第一声できこえてくる真奈美の『お帰りなさい。』も聞こえてこなかった。あまりもの静的な室内に一瞬秋良の身体が緊張した。
『あいつ逃げた?』
その時、かすかであるが秋良の耳が鈴の音をとらえた。
「ハッピバースデー、ツーユー。ハッピバースデー、ツーユー。」
下手な歌が聞こえてきた。歌の聞こえる先を見ると、暗い通路をろうそくの点いたケーキを持って、真奈美が歩いてくる。そして歌の終わりとともに、計ったように彼女は彼の目の前で止まった。不格好なケーキを持って、真奈美の笑顔がろうそくの明かりで揺れている。秋良は目を見開き、信じられないといった表情でこの一部始終を見つめていたが、ついにキレた。
秋良は真奈美からケーキをひったくると、地面にたたきつけた。ケーキは無残にも粉々に砕け散る。驚く真奈美をしばらく秋良は荒い息で睨みつけていたが、やがて大きな足音を立てて外へ出ていってしまった。
『苦労した手作りケーキなのに…。』
喜ばれはしないだろうと大片予想していたから、真奈美に失意はなかった。しかし、ケーキを床にたたきつけるのは、いくらなんでも過剰反応だ。部屋に残された真奈美は、砕け散ったケーキを片付け、ぶつぶつ不満を言いながら床を掃除する。真奈美が気に入っている彼の緑がかった瞳。その瞳を瞬時に覆ったあの物凄い怒りはいったいどこから来たのだろう。それは、彼を怒らせる天才の真奈美ですら、かつて見たことのないほどの感情の発露であった。
秋良は気がつくと、絵を描いている少年の横に立っていた。そこは狭いアパートの一室で、見回しても少年以外の人影は見当たらない。食べ散らかったカップ麺の殻、畳に転がるビールの空き缶、吸い殻が山のように盛られた灰皿、しかも部屋がとんでもなく寒い。そんな劣悪な環境の中でも、少年は一心に絵を描いていた。
仕事から帰って玄関ドアを開けて中に入る秋良。いつもならオートで点灯する玄関のライトが点かない。また、第一声できこえてくる真奈美の『お帰りなさい。』も聞こえてこなかった。あまりもの静的な室内に一瞬秋良の身体が緊張した。
『あいつ逃げた?』
その時、かすかであるが秋良の耳が鈴の音をとらえた。
「ハッピバースデー、ツーユー。ハッピバースデー、ツーユー。」
下手な歌が聞こえてきた。歌の聞こえる先を見ると、暗い通路をろうそくの点いたケーキを持って、真奈美が歩いてくる。そして歌の終わりとともに、計ったように彼女は彼の目の前で止まった。不格好なケーキを持って、真奈美の笑顔がろうそくの明かりで揺れている。秋良は目を見開き、信じられないといった表情でこの一部始終を見つめていたが、ついにキレた。
秋良は真奈美からケーキをひったくると、地面にたたきつけた。ケーキは無残にも粉々に砕け散る。驚く真奈美をしばらく秋良は荒い息で睨みつけていたが、やがて大きな足音を立てて外へ出ていってしまった。
『苦労した手作りケーキなのに…。』
喜ばれはしないだろうと大片予想していたから、真奈美に失意はなかった。しかし、ケーキを床にたたきつけるのは、いくらなんでも過剰反応だ。部屋に残された真奈美は、砕け散ったケーキを片付け、ぶつぶつ不満を言いながら床を掃除する。真奈美が気に入っている彼の緑がかった瞳。その瞳を瞬時に覆ったあの物凄い怒りはいったいどこから来たのだろう。それは、彼を怒らせる天才の真奈美ですら、かつて見たことのないほどの感情の発露であった。
秋良は気がつくと、絵を描いている少年の横に立っていた。そこは狭いアパートの一室で、見回しても少年以外の人影は見当たらない。食べ散らかったカップ麺の殻、畳に転がるビールの空き缶、吸い殻が山のように盛られた灰皿、しかも部屋がとんでもなく寒い。そんな劣悪な環境の中でも、少年は一心に絵を描いていた。