ウ・テ・ル・ス
「坊主、何を描いているんだ?」
 秋良の問いに少年は顔も上げずに答える。
「誕生日ケーキだよ。」
「誰の誕生日なんだ?」
「僕だよ。」
「なんだ、それなら金やるから本物のケーキ買ってこい。」
「本物じゃ駄目だ。」
「どうして?」
「弟が食べられないんだよ。」
 秋良が部屋を見回しても弟らしき姿は見当たらない。
「弟はどこにいる?」
「天国だよ。弟は天国にいるから、ケーキを絵にして燃やしてあげないと、食べられないんだ。」
「そうか…。」
 秋良は少年の描く絵をのぞき込んだ。
「まずそうなケーキだな。」
 秋良の皮肉にも少年は絵を描く手を止めずに、ポツリポツリと話し始めた。
「弟はね…生まれた時からキラキラしていて、大きな声で泣く元気な赤ちゃんだったんだよ。僕は弟ができてとっても嬉しかった。だから大きくなったらキャッチボールできるように、ボールを買うお金を貯めることにしたんだ。でも…。」
 秋良は、少年の小さな背中を見つめた。
「坊主、もういいよ、説明してくれなくても…。」
 しかし、少年は秋良の声が聞こえなかったかのように話し続ける。
「確か弟が生まれて6カ月たった頃だったかな。お母さんが、知らない男の人と出て行って、帰ってこなかった日があったんだよ。」
「もう聞きたくないって言ってるだろ。黙れ。」
 秋良は跪いて耳を塞いだ。
「朝起きて弟のところにいったら、顔まで布団にかぶって寝ていたんだ。それでね…いつまでたっても静かだから、不思議に思って布団を取って顔を見たら、弟の息が止まっていたんだよ。大人は、赤ちゃんの息が突然止まって死んでしまう病気(乳幼児突然死症候群/SIDS)だとか言っていたけど…、僕は違うと思うんだ。」
 秋良が少年の言葉を遮るように絶叫する。
「いつも帰ってこない母さんが、もう少し早く帰ってきてくれていたら…、もっと早く自分が気付いていれば…、今頃は本物のケーキを弟と食べて、キャッチボールが出来たはずだって言いたいんだろ。」
 少年がケーキを描く手を止めてゆっくりと顔を上げた。
「よくわかるね…。」
「ああ、俺はお前の事なら何でも知っているぞ。ついでに言ってやろうか。弟が死んだ日は、確かお前の誕生日だったよな。」
 少年は、その緑がかった瞳で秋良に悪戯っぽく微笑んだ。
「さあ、こっちにおいでよ。一緒にケーキの絵を描こう。」
「俺は嫌だ。」
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