ウ・テ・ル・ス
 秋良はキッと真奈美を睨むも、ため息をつきながら目をつぶってニンジンを食べた。それを見たミナミが目を丸くする。嘘、信じられない。こんな格好いいソリッドな金持ち男を、手のひらの上で操ってる。なんてお姉ちゃんは凄いの…。ミナミは勝負に出た。
「実はさぁ、ミュージックスクールの生徒の臨時募集があってさ…。」
「だめよ。そんなお金どこにあるの?」
 姉は瞬時に却下する。
「だいたい…申し訳ないと思うけど…お母さんの面倒を見ながら、学校に通って、スクールに通う時間がどこにあるの。」
「お母さんの看護や学校に、手を抜かないことには約束するわ。お姉ちゃんのところに来る時間は無くなると思うけど…。」
 最後の言葉に秋良が反応した。
「そこまで言うなら…良いんじゃないか…。」
「秋良さん!」
「俺がなんとかしてやるから、スクールへ行け。」
「きゃーっ、お義兄ちゃん素敵。」
「おい、いつから俺は…。」
「スクールに通うのにピッタリのプラダのバッグがあるの、それもよろしく。」
 この図々しさがあるがゆえに、この姉妹は借金地獄を生き抜けてこられたのだ。秋良は改めて納得した。

 いつものように秀麗の締めで定例会議が修了した。マネージャー達が席を立って持ち場へ戻る中、秀麗が秋良に近づく。
「いよいよ、明日ね。」
「そうだな…。」
「明日は朝からマレーシアへ飛ばなければならないけど、私抜きで大丈夫?」
「ああ、いつものことだろう。」
「ウテルスの体調は万全なの?」
「真奈美の準備も良いようだ。」
 秀麗が眉間にしわを寄せて秋良を見る。ウテルスを名前で呼ぶなんて…。
「ところで気になっていたんだけど…。」
「なんだ?」
「秋良の右そでのボタン…似ているけど他のボタンと同じじゃないわよね?」
 秋良はとっさに、ワイシャツの袖をジャケットの中に隠した。
「まさか自分でボタンつけたの?」
「悪いか?」
「ボタンが取れたら、その場でシャツを捨てていた秋良がねぇ…。」
 いつまでも秀麗の疑いの眼差しに曝されて、ばつが悪くなった秋良はレストルームへ逃げ出した。
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