ウ・テ・ル・ス
 その日の夜、秋良は、外で食事を取ろうと、真奈美を呼び出していた。Xデーの前日は、外で食事をした方が、気がまぎれるだろうと配慮したのだ。秋良は、この日は高級志向をやめてカジュアルに食事ができる場所を選んだ。乃木坂の『ピッツァリア1830』。ここは薪窯で焼き上げる本物のナポリピッツァ提供してくれる店で、有機野菜のバーニャカウダとともに、秋良のお気に入りである。そして、話し好きの真奈美が、周りに気を使わず思いっきり喋れる雰囲気なのが嬉しい。
 秋良は、外苑東通りから店内を見た。真奈美はすでに座っている。自分のスマートフォンに耳をあて、どうやら秋良が残した、少し遅れるというメッセージを聞いているようだ。清楚な花柄のワンピースを身にまとい、背筋を伸ばして座るその美しい姿を、初めて宅配便のユニフォームでやって来た時に想像できただろうか。秋良は遅れているにもかかわらず、その場から動かず彼女を見守っていた。
 スマートフォンをバッグにしまった彼女は、テーブルキャンドルの揺れる灯に照らされて、幾分か表情が不安そうに見えた。しばらくすると、彼女が顔を上げ外に視線を向けた。そして、外のガードレールに腰掛けて見つめている秋良を見つけると、真奈美の表情がぱっと明るくなった。観賞を諦めた秋良は、片手をあげて挨拶し店内へ入っていた。
「いつから、あそこにいたの?」
「今…来たところだ。」
「嘘つき…。」
 秋良はフロアスタッフを呼ぶと、ミネラルウオーターの空き瓶を持ってこさせた。そして、後ろ手に隠し持っていたかすみ草を出すとその瓶にさした。
「わあ…、わたし、男の人からお花をプレゼントされたの初めて…。」
「真奈美へのプレゼントじゃない。テーブルの飾りだ。」
「なによ…照れてるの?」
「馬鹿な。」
 秋良は、真奈美の突っ込みに迷惑そうな顔をしながら、オーダーのためにフロアスタッフを呼んだ。真奈美は、嬉しそうにいつまでもかすみ草を眺めている。
「ねえ、かすみ草の花言葉知ってる?」
「知らん。」
「喜び…無邪気…感激…切なる願い。よく出産祝いに贈られる花なのよ。」
 秋良は真奈美の顔を見た。やはり、明日のことが頭から離れないのだろうか。
「緊張しているのか?」
「覚悟は出来ているけど…やっぱりね…。」
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