凪の海
 ブリッジの弦の留め方を佑樹に教えると彼は器用に弦を張り替えた。料理もこなす佑樹のことだから、器用なことは間違いないのだが、なぜかギターを弾こうとして構える姿より、ギターをいじる姿にオーラを感じる。汀怜奈は佑樹がギターと奮闘する姿を眺めながら不思議な気分に浸っていた。
「知っていますか?」
 汀怜奈が手持ち無沙汰になって、作業中の佑樹に話しかけた。
「弦を使った楽器は太古の昔からあるのですけれど、ギターの基礎となるものは16世紀にスペインで誕生したと言われています。」
「そうなんですか…。」
「ただし、今のように6本の弦の形になるまでは18世紀の末まで待たなければなりません。」
「ふーん。」
「同じ時代に生まれた弦楽器としてはヴァイオリンとかチェロとかあるのですけれど、ギターにはそれらにはない最大の長所がありました。」
「なんです?」
「たった一つの楽器で、同時にいくつもの音が出せるということです。」
「それって、長所なんですか?」
「ヴァイオリンとかチェロとか、管楽器もそうですけど、ほとんど単音でメロディしか奏でられないでしょう。だから、和音をつくろうと思ったら重奏とか楽団にしなければならなかったのです。」
「うん…言われてみればそうですね。」
「でもね、それと同時に致命的な欠点もありましたの…ですよ。」
「致命的な欠点?」
「ええ、それは音量なのです。今でこそ電気処理で大きな音が出せますが、当時はそのようなものはありませんでしたから、音量がヴァイオリンとかチェロに遠く及ばなかったのです。3メートルも離れればもう音が聞こえにくくなってしまいますの…です。」
「そうなんだ…。ところで先輩、弦張り終わりましたよ。」
 汀怜奈がチェックする。弦にねじれもなく綺麗に張れているようだ。次は、バッグからAの音叉を取り出し、チューニングを教える。佑樹は5弦を起点にチューニングを始めた。汀怜奈はチューニングの音にも構わず話を続ける。
「だからギターは交響楽の楽器にはなりえなかった。他の楽器の音に負けてギターの音など埋没してしまいますから。」
「ギターって、昔はとってもひ弱な楽器だったんですね。」
「そうです。ギターは、楽器を囲むほぼ2メーターの範囲で音楽を聞かせる楽器というのが本来の姿だったんです。」
「それでは多くの人に聞かせられませんよ。」
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