ドナリィンの恋
 ジョンが秘書に促されて壇上に上がった。ジョンはステージに立ち、話し始めようと会場を見回すと、ステージの袖に立っているマキの様子が変だ。おなかをさすって、ジョンを指差す。そして、口の形が『パパ』と言っているようだった。ジョンは、麻貴のメッセージの意味を理解した。プレゼンテーションを一向に始めない彼に場内がざわつく。秘書に促されてようやく口を開いた。
「中期経営ビジョンを発表する前に、皆さんにお伝えしたいことがあります。私ごとですが、わたし、父親になります。」祝福の拍手の中、ジョンは麻貴をステージに呼びあげ。おなかを締め付けないように気を使いながら、かたく抱きしめた。今回も麻貴の仕掛けた取引が成立したことは言うまでもない。

「おーい由紀。次回のドナからの看護師研修生は、いつ来るんだ。」日本の病院で、佑麻の兄は、事務室にいる妹に問いかける。
「もうすぐ連絡が来ると思うけど。」
「早くしてくれないかなぁ。看護師長もアテにしているし、患者さんからも評判がいいんだ。」
「ドナも育児や仕事で忙しいから仕方がないでしょ。それに、3人目ももうすぐだし…。」
「佑麻のやつ、本当に向こうで医者やってんのか?こどもばかり作って、ドナの邪魔しやがって…。」
 由紀は、ぼやく兄を笑って診察室に追い返した。

「ドナとユウマが珍しいものを送ってくれたよ。」
 Nueva Ecija(ヌエバ・エシジャ)に住むドナの伯母が、ベッドに横たわるメリー・ローズに話しかけた。メリーの枕元には、エンジェル・トーカー基金のプレートが貼ってあった。最新の医療機器が彼女を囲んでいたが、依然としてメリーは伯母の問いかけに答えることがない。しかしいつも通りのことなので、かまわず伯母は話しかける。
「フウリンと言うらしいよ。日本のものですって。風に揺られていい音を出すのよ。」
 伯母は、風鈴を手に持って窓にかざした。風鈴はわずかな風を感じて、ちりりん と音を鳴らした。
「ほら、いい音でしょう。」
 その時、伯母は自分の背中にいつもと違うものを感じて、振り返りベッドを覗いた。ベットの上のメリーが、静かに風鈴を持つ伯母を見ていたのだ。伯母は、優しくメリーの髪を撫ぜた。そして溢れる涙を拭おうともせず、いつまでもメリーに風鈴の音を聞かせていた。


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