【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
冷たい潮風が吹きすさぶミサキ村に降り立つと、いつの間にか私の隣に音もなく朱雀さまが現れた。
彼独特の冷たく高雅な香りがすう、と私を包んだ。
いつも通り白い狩衣姿の彼は、切れ長の瞳に無垢な笑みをにじませている。
千年以上もの長い時をこの地で過ごす神なのに、同化したいねが出ていないときはひどく幼い。
「一緒に行ってくれるの?」
問いかけると彼は小さく頷いた。
「ありがとう。朱雀様は優しいね」
手を伸ばすと、彼は戸惑いながらも私の手をとった。初めて触った神様の手は温度がない。けれど人の手によく似た感触はあるみたいだ。
朱雀様は時々、私の前に現れてはちょっと手を貸して助けてくれる。
狸寺のお住さんは『まァ、あんたにゃどういうわけか朱雀様が懐(なつ)いておられる』と言っていたけれど、私の目から見てもその通りのように思われる。巫女のおつとめは適当だったのに、不思議なものだ。もともと私は子どもには好かれるほうだけれど、それと同じ事がここでも起こっているのだろうか。
以前来たときと同じように、坂道に作った階段を上ると、視界が開けて、広大な海が目の前に広がる。
広い冬の海から絶え間なく潮風が吹いてくるこの場所は、寒くて寂しい場所だ。
何もここを選んでお社を作らなくともいいだろうに、一瞬そう感じたけれど、いねの産んだ男の子、幼い万寿丸のことに思い至り、私はこの場所にお社があることの意味を理解した。
いねが海を見つめることができるように、ここにお社を建てたんだ。まだ幼児だったのに、一人で海を漂流することになった万寿丸をここで待つことができるように。
かわいそうに。
私は胸の痛くなるような思いを味わいながら、お社の傾(かし)いだ鳥居をくぐり、お社の前で肩にかけたバッグを置いた。
中からタオルハンカチを取り出すと、白く砂をかぶったお社の戸を引いた。
軋みながらお社の扉が開くと、中からかび臭いような埃臭いような空気がぬけた。
小さなお社の中に、ぽつんと朱雀様を模した小さな金属片が落ちている。かつては澄んだ金色だったのだろうが、緑の錆が浮いている。
手を伸ばしてそれを拾い上げようとすると、朱雀様が私の手を押し留めた。
「朱雀様?さわっちゃいけないの?」
振り返ってそう問いかけると、朱雀様は小さく口を動かした。
「い、ね」
「……いねさんのためにきれいにするんだよ」
朱雀様はふるふると首を横に振っている。
おかしいな、他のお社はみんなこの手順でお世話をするのに。
そう思った瞬間、朱雀様の顔が突然幼い子どもの表情から、能面のように感情を失った。
「朱雀様?」
次の瞬間、朱雀様は笑みを浮かべた。それは今までの優しく無垢な笑みではなく…………にい、と唇を大きく引くような禍々しい笑みだった。
あ、いねが、来た……!!
私は思わず身を引いた。しかしそれよりも一瞬早く、いねが私に向かって両手を突き出した。
どん、と体を押し出され、私は後方に向かってたたらを踏んだ。その拍子に私の足がお社の床を踏み抜き、お社の床は大きく崩れた。
「あ……!」
踏み抜いた床の下にはあるべき大地がなかった。
そこにあったのは深い、深い穴で。
「あたぁーりぃー」
女のもののような細い声が耳の中で響いた。
私は冷たく暗い穴の中を落ちていきながら、彼女の唇がいかにも嬉しげに笑っているのを、見た。