【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】

「あなたを見下げて侮ったことは一度もありません。
 僕があなたを不幸にしてしまったことは悔いていますが、けれど、神かけて誓えます。あなたを弄んだことは一瞬たりともありません。
 あなたは僕には過ぎた人です。けれどそれゆえに大事な、大事な僕の巫女さまです。生涯を共にする、巫女さまです」

 その言葉は、いねに向けられたものというよりは、私に向けられたものだったのかもしれない。景久さんは私の目をまっすぐに見つめていた。
 その美しい双眸には嘘など微塵も感じられなかった。
 彼はゆっくりと私に顔を近づけ、私の額に静かに唇を押し付けた。

「う……」

 私の唇から嘆きの声が洩れた。
 悲しかった。わっと泣き伏して、何日でも泣いていられそうなほど悲しかった。けれど、先ほどまで私を支配していた狂ったような恨みはもう感じない。代わりに深い深い悲しみと、そして諦めが私の中に広がっていった。

「お前(め)さが、雅久様じゃったら、これほどだたねぇおらにぁなんねがったに……」

 とめどなく涙が溢れた。

 私はいねが、なぜこれほど長い年月をかけて朱雀さまと同化し、北条家に祟っていたのかを自分の心で感じた。

 いねは、いままでずっと見切ることができなかったのだ。
 それほどに深く北条雅久という人を愛していたのだ。
 ずっとずっと、雅久という男が男の風上にも置けないやつだということを認めることが出来ずに、恨み続け、自分が愛されなかった理由を問い続けていたのだ。

 けれど、今景久さんの言葉を聞いて、いねは知ってしまったのだ。

 雅久という人の心に愛はなかった。はじめからそんなものはなかったし、後に正式に彼の巫女さまとなった松子もきっと本当の意味で雅久に愛されることはなかった。
 愛は誰の心にでもあるものではない。
 生まれつきそれを持たない人間もいるのだということを、いねは景久さんの言葉を聞くことで、悟り、そして雅久という人の愛を、本当の意味で「諦めた」のだ。


「雅久様……」

 私は土の上に膝をついた。とても立っていられなかった。


「美穂さん」

 景久さんがそんな私を抱き起こそうとすると、景久さんの傍にたっていた朱雀さまの腹の辺りから、小さな男の子がとびだして、すう、と私に向かってちいさな手を差し出した。

 あ、この子、万寿丸だ。
 私は直感した。
 彼は朱雀が今まで浮かべていたものと同じ無垢な笑みを浮かべた。

 いねの産んだ子、万寿丸もまた、いねと同じように朱雀様の中に『居た』らしい。
 万寿丸が体からぬけた瞬間、朱雀様の顔が青年らしい大人の顔になり、彼の真っ白だった着物が見る見るうちに 裾から朱色に染まってゆく。
 その、あまりにも鮮やかで美しい光景に、私は息をのんだ。

 ぱちん、と体の中で何かがはじけるような音がして、私の体を重くしていた何かがほどけた。
 同時に体の力が抜けて倒れこみそうになる私を、景久さんが抱きとめてくれた。

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