【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
そして一年後。
若い人でにぎわうオシャレな洋風居酒屋に、ひときわにぎやかなグループがいた。
「美穂ちゃんのいいとこみて見たいー!ヨッ飲んで飲んで飲んで飲んで、ハイ飲んで!!」
威勢のいい掛け声がぴたりと止まると同時に、私はビールジョッキを傾け、一気にその中身を飲み干した。
私は達成感に酔いながら、周りの人に呼びかける。
「飲んだよーッ!みんなー!約束どおりキスしてよー!?」
「ウェーイ!!」
みながよってたかって私の頬や額、目などに唇を押し付ける。男も女も無差別に私にキスをした。
なんだよこのノリ。
今、私が何をしているのかと言うと、婚活という名の合コンである。ちなみに今回私が狙っているのは商社づとめの27歳、高橋良哉クンである。
良哉クン顔もそこそこ可愛いし何より声がセクシーなのがいい。彼に会うのは今日がはじめてだけれどものすごく気に入った。
今日は商社マンがくるというので、女性陣はみな大人のおしとやか路線でしっとりと飲み始めたはずだった。
それが、どういうわけだか、一時間もしないうちにその場は合コンというよりもキャバクラ的なノリになってしまった。今年32歳を迎える大人の私にとって、このノリは……若干……キツいものがあるが、このくらい明るくふるまわないと、年下男子ゲットは厳しい。モテるために仕方なく「若い」アピールをしているのだ。
拍手を受けて席に戻ると、私の隣に座っていた高橋君が私の肩に手を回した。
「いい飲みっぷりだったね」
私はニコニコして頷いた。
「うん、ホントはお酒は苦手なんだけど、頑張っちゃった」
私はあえて小悪魔的な上目遣いで彼にしなだれかかった。
彼はふふ、としのび笑いを漏らした。
「どうだかなー、斉藤目当ての女の子って多いからな」
斉藤君というのは高橋君の同期で明るく華やかで話題も豊富なタイプだ。
斉藤君は確かにかっこいい。かっこいいけれど、どちらかといえばもうちょっとクール、というかもうちょっとテンションは抑え気味の子がいい。若いのはいいけど、突き抜けて明るすぎるのはさすがに付き合っていて疲れそうな気がする。
「斉藤君もかっこいいけどぉ……私はやっぱり高橋くんがタイプかな。
ねえ」
私は高橋くんの耳元に唇を寄せた。
「もうそろそろ二人で抜け出さない?飲みなおそうよ」
大人の女は自分から誘うのである。
フハハハ。以前の私は大和撫子だなんていって、いまいち自分から男性をさそうというのは苦手だった。
だが、新生佐倉美穂は一味違うぜ。タブー意識をかなぐり捨てて自分から誘っちゃうのである。
だってバツイチになってからなんだかもてるようになっちゃったんだもの!!(当社比1、2倍)
離婚するまで、バツイチはモテるなんてただの都市伝説だと思っていたけれど、そうでもない。
私が未婚の高齢独身女だったころは、男の側も結婚を迫られるかもという恐れがあるためかアラサーの女にはやや引き気味だったけど、離婚歴あり子どもナシとなった私はいろいろな制約から解き放たれた。
おかげさまで全然男に警戒されなくなったわ!
現在、合コンにおけるイケメンメールアドレスのゲット率はほぼ九割以上。お持ち帰りは……まだ成功したことがないが、でもみんな以前のように引き気味な態度をとらなくなって、優しくなったわ。
これは31歳で容姿が若干悪いバツイチの私に対する男性陣の最後の優しさ……などではないと信じたい。
高橋くんは少し物憂げでセクシーな目をこちらに向け、意味ありげに私を見つめた。
「んー、本気で言ってる?俺、冗談でしたーみたいなのって通用しないかもよ?」
うんうん本気に決まってるじゃないの!こちとらもう一年以上生身の男子におさわりしていないのである。冗談などであるものか!!
「大丈夫!私も冗談でしたーってのは通用しないタイプだから」
そのとき一瞬高橋君の笑顔がこわばったような気がするのだが気のせいだろうか。うんきっと気のせいね。今時の男の子はオクテだって雑誌に書いてあったもの。こういう若い男性を大人の女性が優しくリードしてあげるのはもはや常識よね。
私はテーブルの下にそっと手を入れて高橋くんの腿のあたりを撫でた。
昔、親に隠れて見ていた深夜の洋画でこんなセクシーシーンを見た。
それを見て以来、私は度々この奥の手を使っている。今までは成功率の低いテクニックだったが、新生佐倉美穂ならばこの技を使いこなせるかもしれん。
高橋君は私の手をそっと持ち上げて腿から離した。
セクシーテクニックは不発に終わるのかと思った途端、彼はかわいい感じの笑みを浮かべて囁いた。
「先に出て待ってて。一緒に出ると目立つから」
よっしゃあああああ上玉ゲット!!
商社マンでしかもイケメンゲットとは。まさかの大物一本釣りである。
「わかった。じゃあ、あとで」
私は大人の女の余裕を見せて感じに軽くサインを送ると店員さんにお金を払って店を出た。こういうときは後で出るであろう男の分もさりげなく払っておくのが大人の女の余裕というものである。
こじゃれた洋風居酒屋を出て、指定された噴水前で待つこと五分。
待っている間、心の中でバツイチ以前の大和撫子な私がひょっこりと顔を出す。
こんなことをしていいのかしら。身元が確かだとは言え、ほぼ初対面の人と合コンを抜け出すなんて。
いや、でも高橋君だって猛獣じゃないんだから、もしこっちがその気にならなかったらそれはそれでさらりと流す程度の余裕はあるだろう。
それに私は「二人で飲みなおそう」って誘ったんだからいきなりホテルは無いわよ。飲みなおすだけ。あくまでお話しをしたいだけ。二人でね。
いつになく大胆な自分に自分で言い訳をしていると、背後から声をかけられた。
「お待たせしました」
「ううん、ちょっとしか待ってないよー。このあと、どこにいく?」
私は微笑みながら振り返った。
もちろん大人の女性の中に子悪魔の色香を滲ませるのも忘れない。
だが、振り返った小悪魔美穂の前に高橋くんはいなかった。
あ、あれ?
酔った目で周囲を見回すと、そこにはすらりとした上品な男が一人いるきりだった。
その穏やかな微笑と、少し欧米の香りのするファッションセンス。
私は反射的に動きを止めた。
中性的な美貌、穏やかな笑み。謎の気品。
こんな知り合いは私の広い交友関係の中でも一人しかいない。
あ、あなたはもしや。
「こんばんは、美穂さん」
この、紳士的な態度は間違いない。目の前の男は私の元夫、北条景久その人ではないか。
私は自分の目が信じられずに目をこすろうとして、今日のアイメイクのことを思ってそれをこらえた。
かわりにこれでもかというほど目の前の男を凝視する。
あいかわらず私の元夫、景久さんはオシャレな男だ。海外ブランドのものと思しきステキジャケットをモデルのように着こなして、鮮やかな紫のネクタイにシルバーのネクタイリングをつけている。
それがイヤミな感じにならずに似合っているのだから育ちというのは怖ろしい。
「あ、こ、こんばんは。それで、あの。私、今ちょっと人を待ってまして。高橋くんは……」
私はきょろきょろと周囲を見回した。
こんな、あからさまに一般人らしからぬ元夫と親しげにしていては高橋君も声をかけにくかろう。きっとどこかで私に声を掛ける機会を待っているに違いない。
「彼なら帰りましたよ。彼の伝言がありますが、聞きますか」
「は、はあ……伝言?」
急におなかが痛くなったのかしら。
自慢ではないが、私はデートを約束した男性に「おなかが痛い」といわれ、デートをドタキャンされたことが何度かある。以来私の中では男性といえば胃腸が弱いというのがイメージとして定着している。
「『ごめんねー、俺って取引先には結構気を使うほうなんだ。また機会があったら一緒に飲もうね、じゃあねー』だそうです」
ものすごく真面目な顔で高橋君の伝言をそっくりそのまま伝える景久さんはなんだか出来の良いロボットみたいだ。
「と、取引先……?」
「ええ。彼の勤務するA物産は北条グループと長く取引しています」
「へ、へえ……そうなんですか」
私はイマイチ事態が飲み込めないまま適当に頷いた。
景久さんは浅く笑って私に片手を差し出した。
「少し風が出てきましたね。
今からどこかで飲みなおしませんか」
「え、いやっ、高橋君が来ないならもう私も帰ります。明日早いんですよねー。
じゃ、お疲れ様です。彰久によろしくゥ、チャオチャオ~」
高橋君の事情はイマイチうまく飲み込めないが、しかし突然現れた元夫の誘いに乗るというのは別れた経緯が経緯だけにトラブルに巻き込まれる予感しかしない。私はなるべく明るく自然な様子で逃げることにした。
景久さんには悪いが、私は既婚者に費やす時間など一秒たりとも持ち合わせていない。私ももう31歳、バツイチの身ながらさりげなく結婚を焦っているのだ。だから貴重な夜を浪費したくはない。
そのあたりは察して欲しいものである。
そのまま駅に向かって歩き出そうとする私。しかし景久さんはその美貌に品のよい笑顔を貼り付けたまま私の襟首をつかんで力いっぱい引き戻した。
「逃がしませんよ。せっかく手間をかけてあなた好みの若い男をセッティングしたのです。
今夜は僕の費やした労力の分、話くらいは聞いてもらいます」
「セ、セッテイングってなんですか。もしかして、」
ものすごく嫌な予感がした。
久しぶりの商社との合コンだったが、あんなイケメン揃いの合コンはめったにあるものじゃない。久しぶりのイケメンに浮き足立って冷静さを失っていたが、もしやこの合コン、天然物ではなく、養殖……?
私は恐る恐る尋ねた。
「もしかして、あのイケメンたちは仕掛け人……?」
景久さんは育ちのよさそうなおっとりとした笑みを浮かべた。
「今頃気付いたのですか。そうですよ。僕が彼らにあなたをおびき出すよう依頼したのです。
ちなみにあなたがお気に召していた高橋さんは交際五年になるキャビンアテンダントの恋人がいらっしゃるそうです」
「なっ……」
ショックだった。キャビンアテンダントの彼女がいるなんて聞いていない。交際五年なんてもう結婚秒読みじゃないの。そんな男が合コンなんか来るな!
若い人でにぎわうオシャレな洋風居酒屋に、ひときわにぎやかなグループがいた。
「美穂ちゃんのいいとこみて見たいー!ヨッ飲んで飲んで飲んで飲んで、ハイ飲んで!!」
威勢のいい掛け声がぴたりと止まると同時に、私はビールジョッキを傾け、一気にその中身を飲み干した。
私は達成感に酔いながら、周りの人に呼びかける。
「飲んだよーッ!みんなー!約束どおりキスしてよー!?」
「ウェーイ!!」
みながよってたかって私の頬や額、目などに唇を押し付ける。男も女も無差別に私にキスをした。
なんだよこのノリ。
今、私が何をしているのかと言うと、婚活という名の合コンである。ちなみに今回私が狙っているのは商社づとめの27歳、高橋良哉クンである。
良哉クン顔もそこそこ可愛いし何より声がセクシーなのがいい。彼に会うのは今日がはじめてだけれどものすごく気に入った。
今日は商社マンがくるというので、女性陣はみな大人のおしとやか路線でしっとりと飲み始めたはずだった。
それが、どういうわけだか、一時間もしないうちにその場は合コンというよりもキャバクラ的なノリになってしまった。今年32歳を迎える大人の私にとって、このノリは……若干……キツいものがあるが、このくらい明るくふるまわないと、年下男子ゲットは厳しい。モテるために仕方なく「若い」アピールをしているのだ。
拍手を受けて席に戻ると、私の隣に座っていた高橋君が私の肩に手を回した。
「いい飲みっぷりだったね」
私はニコニコして頷いた。
「うん、ホントはお酒は苦手なんだけど、頑張っちゃった」
私はあえて小悪魔的な上目遣いで彼にしなだれかかった。
彼はふふ、としのび笑いを漏らした。
「どうだかなー、斉藤目当ての女の子って多いからな」
斉藤君というのは高橋君の同期で明るく華やかで話題も豊富なタイプだ。
斉藤君は確かにかっこいい。かっこいいけれど、どちらかといえばもうちょっとクール、というかもうちょっとテンションは抑え気味の子がいい。若いのはいいけど、突き抜けて明るすぎるのはさすがに付き合っていて疲れそうな気がする。
「斉藤君もかっこいいけどぉ……私はやっぱり高橋くんがタイプかな。
ねえ」
私は高橋くんの耳元に唇を寄せた。
「もうそろそろ二人で抜け出さない?飲みなおそうよ」
大人の女は自分から誘うのである。
フハハハ。以前の私は大和撫子だなんていって、いまいち自分から男性をさそうというのは苦手だった。
だが、新生佐倉美穂は一味違うぜ。タブー意識をかなぐり捨てて自分から誘っちゃうのである。
だってバツイチになってからなんだかもてるようになっちゃったんだもの!!(当社比1、2倍)
離婚するまで、バツイチはモテるなんてただの都市伝説だと思っていたけれど、そうでもない。
私が未婚の高齢独身女だったころは、男の側も結婚を迫られるかもという恐れがあるためかアラサーの女にはやや引き気味だったけど、離婚歴あり子どもナシとなった私はいろいろな制約から解き放たれた。
おかげさまで全然男に警戒されなくなったわ!
現在、合コンにおけるイケメンメールアドレスのゲット率はほぼ九割以上。お持ち帰りは……まだ成功したことがないが、でもみんな以前のように引き気味な態度をとらなくなって、優しくなったわ。
これは31歳で容姿が若干悪いバツイチの私に対する男性陣の最後の優しさ……などではないと信じたい。
高橋くんは少し物憂げでセクシーな目をこちらに向け、意味ありげに私を見つめた。
「んー、本気で言ってる?俺、冗談でしたーみたいなのって通用しないかもよ?」
うんうん本気に決まってるじゃないの!こちとらもう一年以上生身の男子におさわりしていないのである。冗談などであるものか!!
「大丈夫!私も冗談でしたーってのは通用しないタイプだから」
そのとき一瞬高橋君の笑顔がこわばったような気がするのだが気のせいだろうか。うんきっと気のせいね。今時の男の子はオクテだって雑誌に書いてあったもの。こういう若い男性を大人の女性が優しくリードしてあげるのはもはや常識よね。
私はテーブルの下にそっと手を入れて高橋くんの腿のあたりを撫でた。
昔、親に隠れて見ていた深夜の洋画でこんなセクシーシーンを見た。
それを見て以来、私は度々この奥の手を使っている。今までは成功率の低いテクニックだったが、新生佐倉美穂ならばこの技を使いこなせるかもしれん。
高橋君は私の手をそっと持ち上げて腿から離した。
セクシーテクニックは不発に終わるのかと思った途端、彼はかわいい感じの笑みを浮かべて囁いた。
「先に出て待ってて。一緒に出ると目立つから」
よっしゃあああああ上玉ゲット!!
商社マンでしかもイケメンゲットとは。まさかの大物一本釣りである。
「わかった。じゃあ、あとで」
私は大人の女の余裕を見せて感じに軽くサインを送ると店員さんにお金を払って店を出た。こういうときは後で出るであろう男の分もさりげなく払っておくのが大人の女の余裕というものである。
こじゃれた洋風居酒屋を出て、指定された噴水前で待つこと五分。
待っている間、心の中でバツイチ以前の大和撫子な私がひょっこりと顔を出す。
こんなことをしていいのかしら。身元が確かだとは言え、ほぼ初対面の人と合コンを抜け出すなんて。
いや、でも高橋君だって猛獣じゃないんだから、もしこっちがその気にならなかったらそれはそれでさらりと流す程度の余裕はあるだろう。
それに私は「二人で飲みなおそう」って誘ったんだからいきなりホテルは無いわよ。飲みなおすだけ。あくまでお話しをしたいだけ。二人でね。
いつになく大胆な自分に自分で言い訳をしていると、背後から声をかけられた。
「お待たせしました」
「ううん、ちょっとしか待ってないよー。このあと、どこにいく?」
私は微笑みながら振り返った。
もちろん大人の女性の中に子悪魔の色香を滲ませるのも忘れない。
だが、振り返った小悪魔美穂の前に高橋くんはいなかった。
あ、あれ?
酔った目で周囲を見回すと、そこにはすらりとした上品な男が一人いるきりだった。
その穏やかな微笑と、少し欧米の香りのするファッションセンス。
私は反射的に動きを止めた。
中性的な美貌、穏やかな笑み。謎の気品。
こんな知り合いは私の広い交友関係の中でも一人しかいない。
あ、あなたはもしや。
「こんばんは、美穂さん」
この、紳士的な態度は間違いない。目の前の男は私の元夫、北条景久その人ではないか。
私は自分の目が信じられずに目をこすろうとして、今日のアイメイクのことを思ってそれをこらえた。
かわりにこれでもかというほど目の前の男を凝視する。
あいかわらず私の元夫、景久さんはオシャレな男だ。海外ブランドのものと思しきステキジャケットをモデルのように着こなして、鮮やかな紫のネクタイにシルバーのネクタイリングをつけている。
それがイヤミな感じにならずに似合っているのだから育ちというのは怖ろしい。
「あ、こ、こんばんは。それで、あの。私、今ちょっと人を待ってまして。高橋くんは……」
私はきょろきょろと周囲を見回した。
こんな、あからさまに一般人らしからぬ元夫と親しげにしていては高橋君も声をかけにくかろう。きっとどこかで私に声を掛ける機会を待っているに違いない。
「彼なら帰りましたよ。彼の伝言がありますが、聞きますか」
「は、はあ……伝言?」
急におなかが痛くなったのかしら。
自慢ではないが、私はデートを約束した男性に「おなかが痛い」といわれ、デートをドタキャンされたことが何度かある。以来私の中では男性といえば胃腸が弱いというのがイメージとして定着している。
「『ごめんねー、俺って取引先には結構気を使うほうなんだ。また機会があったら一緒に飲もうね、じゃあねー』だそうです」
ものすごく真面目な顔で高橋君の伝言をそっくりそのまま伝える景久さんはなんだか出来の良いロボットみたいだ。
「と、取引先……?」
「ええ。彼の勤務するA物産は北条グループと長く取引しています」
「へ、へえ……そうなんですか」
私はイマイチ事態が飲み込めないまま適当に頷いた。
景久さんは浅く笑って私に片手を差し出した。
「少し風が出てきましたね。
今からどこかで飲みなおしませんか」
「え、いやっ、高橋君が来ないならもう私も帰ります。明日早いんですよねー。
じゃ、お疲れ様です。彰久によろしくゥ、チャオチャオ~」
高橋君の事情はイマイチうまく飲み込めないが、しかし突然現れた元夫の誘いに乗るというのは別れた経緯が経緯だけにトラブルに巻き込まれる予感しかしない。私はなるべく明るく自然な様子で逃げることにした。
景久さんには悪いが、私は既婚者に費やす時間など一秒たりとも持ち合わせていない。私ももう31歳、バツイチの身ながらさりげなく結婚を焦っているのだ。だから貴重な夜を浪費したくはない。
そのあたりは察して欲しいものである。
そのまま駅に向かって歩き出そうとする私。しかし景久さんはその美貌に品のよい笑顔を貼り付けたまま私の襟首をつかんで力いっぱい引き戻した。
「逃がしませんよ。せっかく手間をかけてあなた好みの若い男をセッティングしたのです。
今夜は僕の費やした労力の分、話くらいは聞いてもらいます」
「セ、セッテイングってなんですか。もしかして、」
ものすごく嫌な予感がした。
久しぶりの商社との合コンだったが、あんなイケメン揃いの合コンはめったにあるものじゃない。久しぶりのイケメンに浮き足立って冷静さを失っていたが、もしやこの合コン、天然物ではなく、養殖……?
私は恐る恐る尋ねた。
「もしかして、あのイケメンたちは仕掛け人……?」
景久さんは育ちのよさそうなおっとりとした笑みを浮かべた。
「今頃気付いたのですか。そうですよ。僕が彼らにあなたをおびき出すよう依頼したのです。
ちなみにあなたがお気に召していた高橋さんは交際五年になるキャビンアテンダントの恋人がいらっしゃるそうです」
「なっ……」
ショックだった。キャビンアテンダントの彼女がいるなんて聞いていない。交際五年なんてもう結婚秒読みじゃないの。そんな男が合コンなんか来るな!