『私』だけを見て欲しい
ラストシーン
日曜日、家事を済ませて病院へ行った。
泰も朝から気分がいいと、一緒にお見舞いについて来た。


「ばあちゃん、クスリ飲まないと…!」

スプーンを無理やり口に入れる。
苦さに顔を歪めながら、母は嬉しそうに笑った。

「今日は泰良まで来てくれて、嬉しいなぁ…」

大げさに喜んで見せる。
その母の枕元に、お見舞いと書かれた封筒が置いてあった。

「…誰かお見舞いに来たの?」

毛筆のキレイな文字を見て、誰から?と聞いた。

「あんたのとこの上司。…ほら、昨日いた人!…なんて言ったっけ。…山…」
「山崎マネージャー⁉︎ 」
「そう!その人!昨日はお疲れ様でした…って、これとお花、置いてってくれたのよ…」

花瓶に刺されたパステルカラーの花束。

綺麗でしょ…と母が囁く。
「帰って下さい…」と突っぱねたのに、どうしてこんな余計な事するんだろう…。

「結衣が仕事に行き始めたら、きちんとお礼言ってよ⁉︎ 退院祝いも持ってってね!」
「…どうせ、仕事辞めるのに⁉︎ 」

呆れながら聞き返した。
母は私が、本気で会社を辞めるとは思ってない。
辞めても辞めなくても、礼儀として持って行くように…と言った。

(…マネージャーとは話したくないのに…)

仕事を辞めると言ったら、なんと言われるだろう。
「辞めるな!」…?
それとも「勝手にしろ!」…?

想像しながら退職願を書いた。
日付の欄だけ空にして、じ…と眺める。
『一身上の都合』という文字。
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