『私』だけを見て欲しい
「その割には電話鳴りっ放しだぞ!…ほら、早く出ろ!」

散れ散れ…と言わんばかりに手を振る。
紗世ちゃんはブチブチ言いながら仕事へ戻る。

途端に気まずくなる。
一昨日のことがあるから余計に…だ。


「…あの…この度はご迷惑をおかけします…」

他人行儀な言い方をした。
個人的に行動してくれた彼に対してではなく、会社の上司に対してだった。

「お見舞いまで頂いて…母が喜んでいました。ありがとうございます…」

ほぼ下を向いたまま話す。
顔を上げてしまおうものなら、心が読まれてしまいそう…。

「会社へ顔を出すと言ったら、マネージャーによろしく伝えるようにと言われました…」

少しだけ笑みを浮かべる。
マネージャーは顔を上げない私に対して、ふぅ…と軽くため息をついた。

「…お母さんの様子は?」

怒ってるような声にも聞こえる。
怖さで震えそうな気持ちを抑え込んだ。

「元気です。今日からリハビリを始めて、2週間程で退院できるそうです」

「そうか。…なら良かった…」

安心するような声。
まさか私が仕事を辞める気でいるなんて、きっと知らないでいるだろう。

「ご心配おかけして、すみません…」

いろんな意味で謝る。

(ごめんなさい、マネージャー…今までとても良くしてもらったのに…)

『好きだ…』と言ってくれた。
『私だけを見てきた』と言ってくれた。

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