ハリネズミに贈る歌
出逢い
 きっかけは、父の転勤だった。
 高校二年の夏のこと。十六年間、北国の田舎で育った私が、急に東京の高校に通うことになった。それまで、一年の半分を銀世界で過ごしていた私が、いきなりコンクリートジャングルに連れてこられたのだ。カルチャーショックなんてものじゃない。見るものすべてが刺激的だった。
 ただ、決していい刺激ばかりではなかった。
 新しい高校に通い始めたその日、私は思わぬ壁にぶち当たることになった。それは、コンクリートよりも堅くて冷たい壁に思えた。その壁は私を閉じ込め、東京という街で私を孤立させた。そのころの私には、高く聳え立つ見えない壁をぶち壊そうという気概も、よじ登ろうという逞しさもなかった。
 そして、段々と地元の友達との連絡も途絶えてきたころ、東京に冬が訪れた。
 東京に来て初めての冬。クリスマス前の東京は想像以上にきらびやかで、夜も昼間みたいに明るくて目眩がするほどだったのをよく覚えている。
 そんな中に、彼はいた。駅前にある大きなクリスマスツリーの下で、彼はアコースティックギターを携えて立っていた。まるでハリネズミのような、ツンツンと立った茶色く短い髪。男なのに耳にはピアス。クリスマスツリーのイルミネーションがあるとはいえ、昼間でもないのにサングラスをかけた姿は、私には衝撃的だった。でも、もっと私が驚いたのは、そんな彼の口から流れ出て来た繊細な歌声だ。
 巧みに弦を操る指先の滑らかな動き。心の中にしみ込んでくる透き通るような歌声。真摯に歌う姿。英語の歌詞は何を詠っているのか私には理解できなかったけど、それでも伝わってくるものがあった。ときに情熱的に、ときに切なく。歌に乗せた彼の気持ちが、心に響いてきた。
 気づけば、私の周りには人だかりができていた。皆、一言も発すること無く、聞き惚れていた。それは、東京に来て初めての静寂。そこだけ都会の雑踏が消え、彼の奏でる音だけが存在しているようだった。
 懐かしい、と思った。すっかり遠い存在になってしまった故郷を思い出した。雪で真っ白に染まったあぜ道を、大空高く羽ばたく白鳥の鳴き声に耳を澄ませて家路に着いたころ……。
 だからだろう、私は学校の帰り道に彼の歌を聴きにくるようになっていた。
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